読書メモ: 「ピアノ・ノート」 第7章 演奏スタイルと音楽様式 1/2
■十八世紀のピアノ音楽
●十八世紀の音楽に関する状況は、現代とはかなり異なっていたようだ。アマチュアにとっても、ピアノを学ぶ(たしなむ?)ことは、演奏だけではなく、作曲や即興、つまり音楽全体の知識や技術を身につけることだったらしい。
そして弾く曲は、いまで言えば「現代音楽」である。ある意味で、羨ましい時代であった。
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この時代(十八世紀後半)はアマチュア・ピアニストですら作曲や即興ができてあたりまえだった。…音楽とはとりもなおさず同時代の音楽を意味した。
●そして、この時代には多くの聴衆の前で演奏するという「公共演奏」はほとんどなかった。したがって音楽作品も、基本的には一人で、または数人の知人のために演奏するための曲であった。
バッハの音楽が「瞑想のため」に書かれた、という話は妙に説得力をもっている。
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…なかでも『平均律』や『フーガの技法』は徹底して私的な作品で、自分一人で弾くため、瞑想のために書かれたものだった。
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十八世紀のソロ鍵盤音楽はほぼすべて、自分のためか、せいぜい少数の友人や来客のために演奏するハウスムジークだったことを今日のわたしたちは忘れがちだ。ベートーヴェンの生前、その三十二のソナタのうち、…公共に演奏されたのはわずか二曲だけだった。
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十八世紀のピアノ音楽は、プロ、アマを問わず、おもに演奏者の楽しみや教育目的で書かれた。だが十九世紀末になると、ほぼ例外なく聴き手の快楽と興味がピアノ曲の形式やスタイルを決めた。
■ピアノ奏法はつねに変化している
●ピアノ奏法の基本は「美しい響き」であるが、時代により国によりちがっているようだ。現代だけをみていると、ピアニストによる違いだと思いがちだが、「流行」のようなものもあるそうだ。
「いい演奏」は「作品に対する尊敬に満ちた独創的アプローチ」を伴う必要がある、という主張には全面的に賛成である。
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ピアニズムでは、いわゆる美しい響きによる演奏が必須と考えられている。…メロディ声部が伴奏声部の上にほのかに浮き彫りにされ…(各国の文化によって少しずつちがっている→例:フランスではウィーン派とちがって、メロディがあまり他の声部から浮き立たない)
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ファッショナブルで気まぐれな表現はもっと始末が悪い。
二十世紀のウィーンでは…。各フレーズをテンポより少しだけゆっくり始め、しだいに速くなって、最後はふたたびゆっくり弾くというもので、…
最近の流行は、両手を同時に弾かない ―左手を右手より早めに弾く― という昔の習慣的奏法の復活である。(十八世紀にはルバートと呼ばれる装飾的表現方法の一つであった、ショパンなど)
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演奏は、つねに音楽との新鮮な出会いを印象づけ、作品に対する尊敬に満ちた独創的アプローチをともなわなければならない。
注:緑色の文字は引用部分(数字はページ番号)、赤い文字は私が強調したもの