2014年3月31日月曜日

バッハ演奏の変遷:「バッハ=魂のエヴァンゲリスト」から

■20世紀におけるバッハ演奏の4段階


『バッハ=魂のエヴァンゲリスト』 という本の「補章」に上記タイトルの章があり、これがとても参考になった。(本編のバッハの生涯と音楽に関する話もとても分かりやすく面白かった。)

4段階とは下記のように分けられている。

①ロマン主義的演奏の時代(~1910年代)
②新即物主義的修正の時代(1920年代~第2次世界大戦終結)
③現代的蘇生の時代(大戦後~1960年代)
④オリジナル主義勃興の時代(1970年代~)

『バッハ=魂のエヴァンゲリスト』 (礒山雅 著)

■ロマン主義的演奏の時代(~1910年代)


この時代の音源は残されてないため、後代のロマン主義的演奏から推測することになる。例えば、ウィレム・メンゲルベルク(1871~1951)がアムステルダム・コンセルトヘボウを指揮した《マタイ受難曲》(1939年録音)は、濃厚な主観性をたたえた、分厚い音感とうねるテンポを持った演奏である。

ロマン主義的演奏の最大の特徴は、作品を徹底的に自分たちに引きつけて解釈することである。そのためには、大きなクレッシェンドやテンポ・ルバートも使う。

■新即物主義的修正の時代(1920年代~第2次世界大戦終結)


「新即物主義」とはパウル・ヒンデミットを中心とする反ロマン主義的な創作活動の理念、およびその影響を受けた演奏上の新しい傾向を指す。新即物主義は「バッハに帰れ」というスローガンと、「作品に忠実」という理念の提唱によって、現代的なバッハ演奏の先鞭をつけた。

しかし実際の演奏を聴いてみると、ロマン主義の影響は色濃く残っており、ただそこに付きまとっていた誇張や過剰がそぎ落とされていったのである。

ロマン主義的演奏への反省をはじめて提唱したのは、1908年に大著「バッハ」を著したアルベルト・シュバイツァー(1875~1965)である。演奏についても、活発で一貫したテンポ、明瞭な音色、性格的なアーティキュレーションなど、多くの先見的な見解を展開した。

この時代の優れた演奏としては、エトヴィーン・フィッシャー(1886~1960)のピアノによる「バッハ・リサイタル」「平均律全曲」「クラヴィーア協奏曲集」といった記念碑的録音があげられる。また近い世代の名ピアニスト、ヴァルター・ギーゼキング(1895~1956)はチェンバロを意識した演奏をした。

天才的なチェンバリスト、ワンダ・ランドフスカ(1879~1959)は華麗な演奏(ゴルトベルク変奏曲など)で世に驚きを与えた。チェンバロ復興の祖ともいわれるが、復古的なギーゼキングと対照的に、現代の楽器による新しい多彩な効果を追求した。

この時代の優れたバッハ演奏として、パブロ・カザルス(1876~1973)による《無伴奏チェロ組曲》(1936~39年録音)、アドルフ・ブッシュ(1891~1953)がマルセル・モイーズ、ルドルフ・ゼルキンと共演した《ブランデンブルク協奏曲》(1935年録音)は忘れることはできない。

■現代的蘇生の時代(大戦後~1960年代)


ロマン主義伝統が後退し、すっきりした軽快な音楽が好まれるようになり、「バロック・ブーム」が到来する。室内アンサンブルが次々に結成され、ヴィヴァルディの《四季》と並んでバッハの作品が取り上げられていく。

1954年に刊行開始された『新バッハ全集』と並行して、バッハ研究が大いに進んだのもこの時期である。バッハの作品を主要なレパートリーとする演奏家も現れてくる。

なかでもバッハの「現代的蘇生」にもっとも功績があったのは、オルガンのヘルムート・ヴァルヒャ(1907~91)、指揮のカール・リヒター(1926~81)、ピアノのグレン・グールド(1932~82)の三人であろう。

スヴィヤトスラフ・リヒテル(1915~97)やタチアナ・ニコライエワ(1924~93)の演奏も優れているが、むしろ戦前からの伝統のひとつの成熟を示すものとみなすべきであろう。新しい時代の(ピアノによる)バッハ演奏は、グールドやフリードリヒ・グルダ(1930~2000)によって作り出されていった。

グールドによる《ゴールドベルク変奏曲》(旧版)の録音(1955年)は衝撃的であった。現代的切れ味の鋭さ、多声部の弾き分けの鮮やかさ、ピアノならではのバッハ作品の再現、という意味でまさに最先端を行くものであった。

■オリジナル主義勃興の時代(1970年代~)


「バッハの時代の響きを追求し、作品の新しい姿を発見しよう」というオリジナル主義の動きが起こってくる。たんに古楽器を使うだけでなく、バッハ時代の演奏のあり方まで研究して、本当にバロックらしい音を実現しようという活動である。

鍵盤楽器においては、グスタフ・レオンハルト(1928~)の功績が大きい。彼の《フーガの技法》は、活き活きとした「遊び」とも言える面白さなど、新しい面に光をあてている。これは、戦後のバッハ研究において、彼の人間的・世俗的な側面が強調されてきたことと表裏一体をなしている。

オリジナル主義の演奏の特徴のひとつが、「話し言葉のような効果」である。これは、「バッハはまるで話をしているかのように演奏した」というフォルケルの証言とも合致している。具体的には、メリハリのきいたアーティキュレーション(例えば短いスラーとスタッカートの意味深い交替)によって実現される。

この時代を代表する演奏家には、「カンタータ大全集」をレオンハルトとともに録音したアーノンクール、リコーダーの天才フランス・ブリュッヘン(1934~)、クイケン三兄弟、チェロのアナー・ビルスマ(1934~)、オルガン/チェンバロ/指揮のトン・コープマン(1944~)らがいる。とくにコープマンは次代を背負って立つ中堅である。

オリジナル主義による演奏の進展により、現代ピアノによる演奏にもさらに高い創造性が要求されるようになってきた。アンドラーシュ・シフ(1953~)のバッハはこの条件をよく満たしている。

■現代日本の演奏家


鈴木雅明とバッハ・コレギウム・ジャパンの評価は世界でゆるぎないものになっている。歴史的にはチェンバロ/指揮の小林道夫の果たした役割は大きい。また、チェンバロの渡邊順生、フルートの有田正広、ヴァイオリンの寺神戸亮と桐山建志、などがいる。


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