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2025年12月7日日曜日

ピアノ随想:クラシック・ピアノ音楽「耳タコ」からの脱却?

今年の My Piano Life は全般的に低調だったのだが、一番気になったのがクラシック・ピアノ音楽に対する「耳タコ」問題であった。

自分でピアノを練習し始めるずっと前から、ピアノ音楽を聴くのはとても好きだった。それが、今年の 5月頃から?聴く気になれない、聴いてもあまりいいと思えない、何を聴きたいか分からない…という「耳タコ」迷路に迷い込んだようなのだ。

10月にたまたま聴いたダニール・トリフォノフの新譜 "Tchaikovsky" でピアノ音楽の素晴らしさに再会するまで、その状態は続いた…。




2020年6月27日土曜日

いい音楽・演奏とは?弦楽器を聴いて改めて思うこと

今年の目標の一つ「ベートーヴェンの全作品を聴く」プロジェクト《All BTHVN 🎧》をボチボチと進めている。やっと Op.29 の弦楽五重奏曲にたどり着いたところだが、弦楽器を聴くようになってちょっと感じたことがある。

それは、ピアノよりも弦楽器の方が、その演奏が私の好みに合う・合わないがはっきりしていて、好きな演奏はそれほど多くないということである。これはなぜなんだろう?



2019年10月13日日曜日

いいピアノ演奏とは?のまとめ+『蜜蜂と遠雷』の「いい演奏」

昔のブログ『ぴあのピアノ』から、自分の気に入った記事をこちら(新しいブログ)に引っ越そうと思っている。今回は、ピアノを始めた時から考え続けている「いいピアノ演奏とは」「いい音楽とは」ということに関する 10個ばかりの記事を引っ越した。

2年前に読んだ本『蜜蜂と遠雷』の中から「いい音楽とは」に関連するところを拾い出した《『蜜蜂と遠雷』風変わりな感想文?》も、今読み返すとなかなか興味深い ♪



2017年9月2日土曜日

『蜜蜂と遠雷』風変わりな感想文?

読書の秋に向けて…というわけではないが、そして今更という気がしないでもないが、恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』を読んだ。



小説は、いつもはほとんど読まないのだが、テーマが国際ピアノコンクールということで読んでみた。これが実に面白かった。第156回直木賞(2017.1.19)、2017年本屋大賞(2017.4.11)を受賞しただけのことはある。

2016年10月27日木曜日

つまらない演奏は…?:「心で弾くピアノ」読書感想文その1

「シーモアさんと、大人のための人生入門」という映画を観に行こうかと思っている。

で、この映画の主役のピアノの先生(元ピアニスト)シーモアさん(セイモア・バーンスタイン)が書いたピアノの本が図書館にあったので借りてみた。

『心で弾くピアノ―音楽による自己発見』という本である。



2015年11月28日土曜日

いいピアノ演奏の条件?「音楽」を奏でるために…

浜松国際ピアノコンクールを聴きながら、いいなぁと思う演奏と、そうは思えない演奏の違いをつらつら考えていた。

「いいピアノ演奏とは?」というのは、ピアノを弾き始めて以来考えているテーマであるが、今年はコンクールがたくさんあったので、そのたびに何らかの発見があった。今回もいくつかメモしておきたい。

2015年6月25日木曜日

ピアノから音楽が聴こえて来る演奏 ♪(チャイコンから)

チャイコン(チャイコフスキー国際コンクール)ピアノ部門を毎日のように medici.tv 特設サイト で楽しんでいる。ピアノの国際コンクールを(主に)ライブ映像で見るのは初めてであるが、予想以上に面白い。

最初は日高さんだけ聴くつもりだったのだが、試しに見たのがとても面白くて、毎夜7時〜9時はチャイコン鑑賞の時間となった。そのあとも見ると寝不足になりそうだったので、原則9時までにしてある。

カミさんと二人して、リアルタイムであーだこーだ論評しながら楽しんでいるのだが、「いい演奏」を考えるいい機会になっている。

2015年5月14日木曜日

ショパン・コンクールの事前審査を聴いて:いい演奏とは

昨日、《左手の表現力?:ショパン・コンクールを聴いて》という記事を書いたが、実は「左手の表現力」以外にもいろいろと考えさせられることがあった。

ここ一週間ほど、ほぼ毎日ショパン・コンクールの事前審査の音源を、少しずつ聴いている。「いい演奏とは何か?」を考えるいい機会になったので、少し整理しておきたい。

2015年5月13日水曜日

左手の表現力?:ショパン・コンクールを聴いて

このところYouTubeの公式チャンネルでショパン・コンクールの事前審査の演奏を聴いているのだが、その中で気がついたことがある。

それは、ピアノ演奏における左手の重要さ、ということ。「左手の表現力」と言ったほうがより正確かもしれない。

きっかけは、あるピアニストの演奏(ノクターンだったと思う)で左手の伴奏が耳障りであったこと。決して、音が大きいとか乱暴な弾き方をしているわけではないのだが、なぜか耳についたのである。

2015年3月8日日曜日

ピアノ演奏の種類・ランク?

以前からなんとなく思っていたのだが、ピアノの演奏には「下手〜上手〜一流」とか「技術ランク上・中・下」みたいな一つの物差しでは計れないものがあるのではないだろうか?

例えば、先週聴いたキット・アームストロングのバッハは、ピアノの先生が弾くバッハとは、技術レベルだけではなく、そもそも「種類?」が違うものだと思う。比較しようとも思わないし…。

一方で、レベルはぐ〜んと下がるのだが、自分が趣味でピアノを練習するときに、「アマチュアの目指すべきいい演奏とは?」ということを考えていたりもする。

→〈My Piano Life 2014 振り返り4:ピアノ・音楽を考える〉

…で、徒然なるままに、「ピアノ演奏の種類」みたいなことを考えてみた。

2015年1月18日日曜日

「いい音楽・演奏とは?」を考えてみる…

2年ほど前に、リタイアをきっかけにしてピアノを練習するようになった。

同時に、学生時代以来遠ざかっていたクラシック音楽を聴き始めた。学生時代(どちらかというと管弦楽曲が多かった)とちがって、今回はピアノ曲、それも独奏曲を中心に聴いている。

いろんな曲(作曲家・演奏家)を聴きながら、「いい音楽・演奏とは何だろう」ということを考えるようになった。

考えるといっても、論理的なアプローチができるわけでもない。なので、「いいなぁ」と感じる演奏を聴いたときに、その理由をぼんやり考えたり、読んだ本のなかにヒントを見つけたときにメモをとったりするくらいであるが。

2015年1月2日金曜日

クラシック音楽は古典芸能??

年末に録画しておいたNHKの「クラシック・ハイライト 2014」を元旦の午後に観た。

そこで感じたことは、いわゆる「クラシック音楽」というものが、どうも歌舞伎や能のような「古典芸能」になってしまったのではないか、ということだ。

指揮者やオーケストラは変わっても、そこで演奏される「演目」(曲目)はかなり限られたものになっている。新しく作られた曲が演奏されることは極めて少ない。

昔からある演目を、新しい当代の役者が演じるという「芸能」のパターンである。そして、その観客も彼らの楽しみ方も歌舞伎なんかと共通したものがあるのではないか。

2014年12月19日金曜日

My Piano Life 2014 振り返り4:ピアノ・音楽を考える

今年の振り返りの最終回。その4、ピアノや音楽を「考える」活動についてである。できれば、考えたことを少し文章にしてみたいという願望もあった。(参考→《今年の抱負・目標》)



2014年2月25日火曜日

いい演奏とは…内田光子さんのドビュッシーを聴いて

今度の日曜日に、児玉桃さんのリサイタルを聴きに行くことにした。プログラムは、

  • バッハ:イタリア風協奏曲 ヘ長調 BWV971
  • 細川俊夫:エチュードⅠ~Ⅵ(2011~2013)
  • ドビュッシー:12の練習曲

…である。

以前から、日本の作曲家の現代曲とか日本人ピアニストに興味があったので、とても楽しみにしている。しかも、細川俊夫さんの曲を初演したのはこの児玉桃さんらしい。

2013年5月22日水曜日

感動を生み出す演奏(ピアニストの脳を科学する)

昨日(《「脱力」を科学する》)の続きである。『ピアニストの脳を科学する』の最後の章に「感動を生み出す演奏」についての科学的データによる解説がある。

「いい音楽」「いい演奏」についてずっと気になっている私にとって、とても参考になることがいくつかあった。


『ピアニストの脳を科学する: 超絶技巧のメカニズム』(古屋晋一著 春秋社)


2013年5月18日土曜日

「いい音楽」とは

「いい音楽」とは一体何なんだろう?ということがずっと気になっている。

聴いたときに、グッときたり、思わず引き込まれたり…。いい演奏を聴くと本当に気分がよくなる。そういう経験の積み重ねが、「お気に入り」の作曲家や演奏家につながる。「お気に入り」になる・ならないは、何が違うのだろう?

「音楽」となると幅が広くなるので、いい「演奏」とはどんな演奏なのか、を考えてみたい。