イリーナ・メジューエワさんの『ピアノの名曲 聴きどころ 弾きどころ』(2017年9月刊)という本を読みおえた。感想の一部は《いいピアノ演奏の「いい」の中身♪?》に書いた。
10人の作曲家の代表的ピアノ曲(↓)について、ポイントになる部分を楽譜で示しながら、その解釈や弾き方などをピアニストの立場から書いてある。
- バッハ:平均律クラヴィア曲集、ゴルトベルク変奏曲
- モーツァルト:ピアノソナタ第11番「トルコ行進曲付き」
- ベートーヴェン:ピアノソナタ第14番「月光」、ピアノソナタ第32番
- シューベルト:「四つの即興曲」より第3番、ピアノソナタ第21番
- シューマン:「子どもの情景」より〈トロイメライ〉、クライスレリアーナ
- ショパン:「練習曲集 作品10」より〈別れの曲〉
- リスト:「ラ・カンパネラ」、ピアノソナタ ロ短調
- ムソルグスキー:「展覧会の絵」
- ドビュッシー:「ベルガマスク組曲」より〈月の光〉
- ラヴェル:「夜のガスパール」
語り口はやさしいのだが、私のような素人ピアノ・ファンにはやや難しい内容(とくに楽譜の技術的解釈など…)である。普通にこういう曲を弾ける(練習できる)人にとっては、とてもいい本なのではないかと思う(たぶん)。
以下、私なりの読書メモ(やや長文)。
🎼バッハ、モーツァルトは革命家?
バッハとモーツァルトについて、彼らは「しっかり伝統を勉強して、それをとんでもないものにする保守的な革命家」であると書いてある。
これを読みながら思ったのは、これまでの音楽の伝統をしっかり受け継ぎながらも「とんでもないもの」を生み出すようなすごい作曲家が、現代にもいるといいなぁ…ということ。
でも、そういう作曲家がいたとしても現代人がそれを理解して、素晴らしいと思えるかどうかは分からないが。「現代のバッハ」は未来の人にしか発見できないのかもしれない…。
🎼ベートーヴェンのピアノソナタ
ベートーヴェンのソナタ全曲演奏をやるピアニストはけっこういるが、全曲演奏は「山登りに近い世界」だそうで「実際に登ってみて初めて見えてくるものがある」らしい。そうかもしれないが、私にはできない、麓から見上げているしかない…(^^;)。
ベートーヴェンのソナタの特徴として、弦楽四重奏的な発想(4声部)で書かれていることが多く、それを理解することが大事だと書かれている。
また晩年になると、耳が聞こえないことによるのかもしれないが、その「声部が離れていく感じが強くなる」「右手がより高音域へ、左手がより低音域へ」という傾向があるそうだ。
それは「ベートーヴェンの頭の中で鳴っていたイマジナリー・ピアノとしての可能な響きをすべて表現」しようとして「楽器を超えて理想を目指している」結果なのだろう、と。
メジューエワさんは、第32番ソナタのアファナシエフの演奏を高く評価していて、「我々には聞こえないような音、響きを探して迷っているという、そのプロセスがそのまま演奏になった」と言っている。「響きを探すプロセス」というのが面白い。
🎼シューベルト作品を弾く難しさ
シューベルト作品は、リスト弾きのピアニストにとっては難しいらしい。
シューベルトの音楽には「インティメートの雰囲気」が必要で「音の中の静けさをつくる、聴く」ことができなければ弾けない。「いい瞬間、いい音色、いい静けさ」をどうやって作り出すか…。それには「ヴィルトゥオーゾの指ががんがん動くのとは違う難しさ」がある。
さらに「声部間のバランス」をとる難しさがある。「本当のピアニッシモでメロディを弾くと、内声の伴奏がさらに難しくなる」「とても細かい名人芸。集中力、聴く能力、手・指先のタッチとバランスの繊細さ」が必要となる。
個人的にはリストよりシューベルトが好きだが、「ピアニッシモでメロディを弾く」、しかも小指で、というのはなかなか難しい。ましてや「声部間のバランス」となるともうお手上げだ…(^^;)。
🎼シューマンは玄人(ピアニスト)好み?
「トロイメライ」のところで書かれていた「音楽における詩は音そのもの」という話はとても気に入った。
「詩というのは言葉を削って作り出す…(その)言葉そのものが詩…他の言葉では内容を伝えられない」
同じように、音楽における詩は
「音そのもの、一つ一つの和音そのもの、フレーズ、静かさのかげん」。
それから、「クライスレリアーナ」のところに書いてあった「ピアノを弾いている人間にはたまらない」という話も面白いのだが、それって音楽としてどうよ?という気もする。
「シェーンベルクや20世紀の前半の作品についてよく言われることですけれども、楽譜を見る見ないでは音楽を楽しめる度合いが大きく変わる。ある意味でシューマンも同じですね。頭で作っている部分が強いんです」
スタッカートのあるなしなど楽譜での細かい指示でポリフォニー感が増えたりする…「そういうところが、ピアノを弾いている人間にはたまらない」のだが「その細かさを聴き手に伝えるのは難しい」のだそうだ…。
それって、楽譜を熟知していて自分で弾いているピアニストの方が、その演奏を聴いている人より、シューマンの音楽をより楽しめる、満足度が高い、ってこと?
たしかに、自分が練習した曲の方が、聴いていてもよく分かるような気がするので、そうかも知れないのだが…。ピアノの演奏では、聴衆に何を伝えるか?が大事だったのでは…?
🎼ショパン「別れの曲」は難しい?
ショパンの「エチュード作品10」が音大の試験等で課題曲となる場合、第3曲「別れの曲」と第6曲とが除外されることが多いそうだが、実は「別れの曲」というのはけっこう難しくて、ピアニストの実力がよく分かる曲らしい。
私も、「別れの曲」なら頑張れば弾けるかも…と思っていたので、エチュードに入っているのに何となく違和感を持っていたのだが…。
この曲は、レガートで歌う、ポリフォニーをちゃんと弾き分ける、ルバートを正しく表現する、などいくつかの課題を盛り込んだ練習曲になっていて、「音楽の基本的なことはこのエチュード1曲を聴けばわかる」ほどの曲らしい。
また、メジューエワさんは「エチュード作品10」全曲を通して弾くときに「別れの曲」をどう弾くかという難しさもあるという。アンコールとかで弾く方が弾きやすいらしい…。聴き手の期待値(あのよく知っている曲)と「作品10」の中の位置づけというのが微妙に異なるのだろう。
ショパンの言葉として、「一つの音にグラデーションをつけて練習しなさい」という言葉が紹介されていて、フォルテやピアノ、嬉しく・悲しくなど20種類以上の練習をするように言っているそうだ。
この曲でも、意識的に表現の幅を広げることが必要なのかも知れない。「別れの曲」は表現力のためのエチュードとも言えるのかも…。
🎼リスト、ムソルグスキー
リストについては、個人的にそれほど興味がないので割愛。リストの作品は必要以上にポーズが多すぎるとか、「エフェクトが多すぎる」というショパンの意見には共感…(^^;)。
ただ、ロ短調ソナタについては「リストの全てが詰まっている」作品という評価で、詳しく説明してあるので参考になるかも…。
ムソルグスキーも「展覧会の絵」はわりと好きな曲ではあるが、他はほとんど知らない。
メジューエワさんの評価は、「(ロシアの作曲家の中でも)ムソルグスキーだけは、ちょっとカテゴライズできないような特別な存在」「とくに『展覧会の絵』は…別格…桁外れにすごい作品」ということだ。
🎼ドビュッシー、ラヴェル
ドビュッシーについては、「音そのものの響きをつくって楽しむ世界」であり、「音色で詩的なものを引き出す」ことが大事ということが書いてある。
ただし、「静かで詩的な雰囲気を出して…と思うと…ソフトフォーカスの方向へ」行きがちだが、そうではなく、フランス物については「常にクリアな音色やリズムが必要」ということだが、私も聴き手の一人としてクリアな演奏の方が好きだ。
ラヴェルでは「夜のガスパール」がとりあげられている。この曲は、ラヴェルがバラキレフの「イスラメイ」を超える難曲を書きたくて作った曲であるらしく、相当に難しい曲だとのこと。自分で弾く可能性ゼロの「鑑賞曲」としてしか聴いていないと、難易度まではよく分からない…(^^;)。
形式でいうと「全体として3楽章からなるソナタのような形」だそうで、そういう(ソナタのような曲としての)聴き方をしたことがないので、ちょっと新鮮な感じを受けた。
たとえば「オンディーヌ」には「主題が2つあって、展開部、再現部にあたる部分もある」らしいのだ。「絞首台」は緩徐楽章に当たる。
さらに、「ある音楽学者の説によると、この曲(「絞首台」)を弾くにためには27種類の音色が必要」とか…。27種類の中身を知りたいものだが、どうやって数えたのだろう…?
🎼全体の感想
まず思ったのは、自分が練習する曲について、こういう風に細かく、イメージ豊かに解説してくれたらどんなにかありがたいことだろう、ということ。解釈やイメージ的なこと、技術的なポイント、難しさの具体的な内容など…。
そして、プロのピアニストが曲を仕上げるためにどんなことを考えどんなところに苦心し、どんな風に弾こうとしているのか、などといったことが何となく分かって面白かった。
さらに、その内容が多岐にわたり、しかも奥深いことが感じられて、一つのピアノ曲を作曲家がイメージしたような音楽として音にする(演奏する)には、こんなにもたくさんのことを考え、実施しなければならないのか…とも思った。
なので、演奏を聴いて直感的に「いいなぁ ♪」とか「面白くないなぁ…」と感じている、その違いは、このようなたくさんのことをちゃんとできているかどうか、ということからきているのかも知れないなどと想像してしまった。
「一つの曲をピアノで弾く」という中にどれほど多くのものが入っていることか…(^^)!♪
🎼イリーナ・メジューエワ
イリーナ・メジューエワ(Irina Mejoueva、ロシア、1975〜)という名前を知ったのは、たぶんニコライ・メトネルという作曲家を初めて聞いたのとほぼ同時だったと思う。なので、私の中ではメトネル弾きのピアニストというイメージ。
50人の海外ピアニストを探索したとき(《聴いてみたいピアニスト50人:「ピアニストの系譜」から》)にも、その一人としてチェックしていて「お気に入りピアニスト」の候補にはなっている(↓)。
ちなみに今年は日本デビュー20周年だそうで、記念リサイタルが行われている。2回目が11月の「ショパン」、3回目が来年2月の「リスト・ラフマニノフ・メトネル」(↓)。
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