昨日に続いて『小澤征爾さんと、音楽について話をする』という本から。
村上春樹さんが「小澤征爾国際音楽アカデミー(スイス)」を体験(参観)したときの話に、マスター・クラスの指導内容が出てくる。これが、『良き音楽』の作り方のヒントになりそうなのでご紹介したい。
小澤征爾国際音楽アカデミーはもともと日本(奥志賀)で15年ほど前に始まり、2005年からスイスでも開催されている。若いトップレベルの弦楽奏者を集めた、弦楽四重奏を中心とした勉強会である。
このアカデミーの講師陣にロバート・マン(Robert Mann)という人がいる。ジュリアード弦楽四重奏団を立ち上げ、52年間、その第1ヴァイオリンを弾いていたすごい人である。90歳を超えるご高齢にもかかわらず、元気に指導されているようだ。
そのマスター・クラスでロバート・マン氏がどんな指導をしていたか。そのあたりを、村上春樹さんがかなり克明に書いている。ピアノの演奏にも共通することが多いと思う。
●内声をもっときちんと浮かび上がらせること
旋律を浮かび上がらせるだけではなく(&ベースをしっかり響かせるだけでなく)、内声がきちんと聞こえるように弾きなさい、ということ。弦楽四重奏曲ではとくにそうなのだろうが、これはピアノ曲にも言えること。現代の演奏は、オーケストラの場合もそういう方向にあるようだ。
●ピアノ( p )は弱くではなく、小さく強く弾け
これはピアノ曲の演奏の話でもよく言われることである。しっかり響く p や pp は音楽をより美しくする。
●ディミヌエンドなどで最後の音までしっかり弾く
マン氏の口癖の一つが "I can’t hear you!"(聞こえないよ!)。上の2つの話とも共通するが、どんな大きなホールでも曲のすべての音を聴き手にきちんと届けることが大事だということだ。なお、技術的には「その前の音を心持ち強く弾く」というアドバイスもあった。
● "Speak!"
もう一つの口癖がこれ。「歌え」というよりは、むしろ「しゃべれ」という指示である。小澤さんによると、しゃべるのは歌うことより表現力が必要になるとのこと。朗々と声を響かせるだけでなく、文脈や対話の流れなども表現する必要がある。
●作曲家の言語で語りなさい
これには二つの意味が込められているようだ。一つは作曲家のスタイル(その人固有の語り口)。もう一つは、作曲家の母国語からくるイントネーション、アクセント、フレージング、息継ぎ、リズム感など。
●意見が違うのは当然、それで音楽は面白くなる
先生によって、あるいは演奏家どうしで曲に対する理解や解釈が違うのは当然である、それが音楽をより面白く豊かにする。4人の音楽家が協力して一つの音楽を作っていく弦楽四重奏ではとくにそうだろう。
演奏者どうしがお互いの考えや実際の音をよく聴いて、切磋琢磨していく。そこで何らかの化学反応が起こり、音楽がさらに磨かれていく。そのことを村上春樹さんは「スパーク(発火)」と表現しているのではないかと思う。
●「沈黙という音」
沈黙(休符)はただ音がないという状態ではない。「沈黙という音」がある。小澤さんがこれを聞いたとき、日本文化の「間(ま)」に当たるものだね、と言っている。
(私見:そうかもしれないが、微妙にニュアンスが異なるような気もする。「間」の方はその両側にあるもののつなぎ方までを含んでいるような…。しかし、両方とも音楽では大事なものだということは分かる。)
●技術的な指導は(たぶん)音色だけ
技術的な指導はほとんどなく、唯一あったのが、駒に近い部分で弾けとか、指板の上で弾けとかという指示であった。つまり「音色」に対する指示だと思われる。弦楽器はピアノ以上に音色は重要なはずである。(というより、ピアノで音色の違いを出すのは高級テクニックだ…)
こういう実際の指導をみながら、目の前で学生の弦楽四重奏がどんどん良くなっていくのを見て、昨日も紹介した村上さんの言葉になる。
「『良き音楽』ができあがるために必要なものは、まずスパーク(発火)であり、それからマジックなのだ。」
ちなみに「マジック」というのは、小澤さんが音楽を仕上げるときに口にする「ちょっとした指示・示唆」のことを指している。その「マジック」で音楽はがらっと変わり輝きを増す。村上さん曰く、「それは小澤さんにしかできないことかもしれない。」
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