今回は「重量奏法」について。ロシアの名匠メルジャーノフの愛弟子である原田英代が、自らの経験に基づいて解説したものである。
「重量奏法」については、主に第三章と第六章が参考になる。その内容を中心に、自分自身の練習にも役に立ちそうなことをまとめてみた。なお、下記の YouTube 映像(原田英代さんの演奏)は重量奏法のお手本として参考になった。
重量奏法とは
ロシア音楽の根幹には《歌》がある。「重量奏法」とはその《歌》をピアノで実現することである。したがって「楽譜に書かれた音符をセリフとして語っている」という自覚が必要となる。
セリフの声に当たるのが「音の響き」である。ピアニストは感情にふさわしい肉声のような音を出すこと、その感情にふさわしいイントネーションで語ることを要求される。
そのためには、ピアノという楽器の打楽器的性格を思わせないタッチが必要になる。そのナゾは、ロシアに伝わる《重量奏法》に隠されている。
「重量奏法」を一言で説明すると、「手首の弾力性を利用し、腕、肩、背中、ひいては体全体の重みを使って弾く奏法」ということになる。
「身につくまで、忍耐強いアプローチが必要」と筆者は言う。原田英代がメルジャーノフから「身についた」と言われたのが6年目、「よくなってきた」と言われたのが15年目だったそうだ。
手首の柔軟性
重量奏法のポイントの一つは「手首の柔軟性の百パーセント活用」である。手首はつねに上下振動し、指と手に重みをかけて音に還元するのである。速いパッセージになっても、目には見えないが、手首には微妙な振動が残っている。
手首は動かそうとして動かすのではない。結果として上下振動するかのように習得されなければならない。《赤べこ》(会津の郷土玩具)のように自然に、永続的に心地よく動く手首を身につける必要がある。
そして、指は鍵盤に触れている感覚があるのがよい。打つのではなく、そこに重みをかけて音を生み出す。そのとき、胸の筋肉を使うようにとメルジャーノフ教授は言う。さらに大きな音を出すときは、「腰から弾く」感覚が必要となる。
鍵盤への柔らかい着地
重量奏法のもう一つの秘密は「打鍵への柔らかい着地」にある。鍵盤に触れる瞬間は、指先は柔らかくなくてはならない。柔らかく鍵盤に着地できるようになると、指が鍵盤に吸い込まれていく感じがし始め、音も限りなく伸び始める。
練習方法はあまり詳しく書いていないが、「最初は一音一音、手首の上下運動を使って音を出す練習」をするとある。手首を上下に振りながら、ゆっくりのテンポで一つ一つに重みをかけていくというやり方だ。たぶん「脱力」の練習と同じように、1音の次は2連続音、3連続音と音のまとまりを増やしていくのだと思われる。
このほか、第三章では「ノン・レガート奏法」「ジュ・ペルレ」「レガート奏法」「ペダルの芸術」の説明がされている。(参考→《ノート2:重量奏法の秘密》)なお、エミール・ギレリスの重量奏法は「お手本中のお手本」であるとのこと。
重量奏法を支える身体の使い方など
以下「第六章 身体が生みだす響き」を中心に、とくに参考になったことを並べてみる。
①中心点とバランス
重量奏法は身体全体の使い方が重要である。とくに「身体の真ん中を通っている中心線」にフォーカスできるようになるとよい。コツは「臍(へそ)を背中側に寄せながら胃に身体の重心をもってくる」こと。
この中心点から、前後・左右・上下のバランスをとる。とくに前後のバランスは音色の変化にたいへん役に立つという。次の例が興味深い。
「低音で弱く、しかしミステリオーゾで深い音を出したい場合、手からエネルギーをピアノに向かって流しながら、それと同じほど、あるいはそれ以上のエネルギーを後ろ向きに感じてみるとよい。すると、鍵盤を押し込む速度を安定してコントロールすることができる。」
②手首の調整
弾きにくい音型や和音のときに、手首の左右の角度、または傾き(手首の回転による)を少し調整することで弾きやすくなることがある。後者(傾き)はほんのわずかに小指側に倒すのだが、ショパンも推奨していたらしい。
③歌う奏法の注意点
たっぷり歌おうとして鍵盤を押しすぎないこと。とくに打鍵後に押し続けると、音の響きが止まってしまう。また、長い音符を強めに弾こうとして「アタック」を強くすることは逆効果である。アタックの強い音は消え方も速くなる。
④響かせる感覚・倍音
ピアノの音は「弦」から出る。ハンマーが心地よく跳ね上がるように力を伝達する感覚をもつと、音が響いてくる。また「倍音を響かせる」という感覚をもって、共鳴しやすいタッチを心がけると音は伸びやかになる。そのためには、アタックをかけすぎず、打鍵の瞬間に手首や肘を一瞬でも固めることを避けねばならない。
⑤皮膚感覚を研ぎすます
いくつかの箇所で「皮膚」の話が出てくる。
脱力について、手や腕(の筋肉)などの力を抜きたいときに、その皮膚を緩めるつもりになるとうまくいくことがあるそうだ。③の歌う奏法のときにも「手のひら(の皮膚)の力を抜く」という表現が出てくる。
もちろん、鍵盤へのタッチ、その触れるときの皮膚感覚も重要である。あくまでも「柔らかく」というのが基本となる。重量奏法では「指が鍵盤に触れている心地よい感覚を保つ」ことが大切な条件となる。
そして、ピアノを弾きながら、その響きを身体全体の皮膚で感じとることが「よく聴く」ことにつながる。ピアノ演奏における「皮膚感覚」の重要さというのは、この本で初めて知ったことである。
以上、重量奏法について、私が理解した範囲でまとめてみた。皆さんの参考になれば幸いである。最後に、メルジャーノフ教授の印象的な(耳に痛い)言葉をあげておく。
「もしも心地よく演奏ができないなら、その奏法は間違っているんだよ。」
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