2014年11月2日日曜日

ティル・フェルナーのマスター・クラス報告

ティル・フェルナーのミニ・コンサート&マスター・クラスに行った。コンサートは2曲で1時間弱、30分の休憩を入れて、4人のマスター・クラスが2時間半ほどで、少し疲れたが面白かった。

《ティル・フェルナーのマスター・クラス ♪》


桐朋学園の調布キャンパスの建物は出来たばかりで、打放しコンクリートと全面ガラスと重厚な黒いドアが印象的な、いい感じの建物であった。(隣に見える広大な墓地に違和感はあったが…)小雨が降っていたので少し早めに行ったのだが、すでに3〜4人がドアの前に並んでいた。

会場に入ると、真新しいベーゼンドルファー 290 Imperial が正面に鎮座していて、どんな響きを聴かせてくれるのか期待感が高まる。部屋は大きな教室なので、たぶん200数十席くらいの、ピアノ・ソロには丁度いい広さ。


「ミニ・コンサート」は、ハイドンのピアノ・ソナタ(ニ長調 Hob.16-37)とシューマンのダヴィッド同盟舞曲集。ティル・フェルナーさんがにこやかに入場し椅子に座ると、すぐにハイドンの第1楽章、Allegro con brio を弾き始める。

ハイドン、出だしからなかなかいい。YouTube でバッハを聴いたときの印象から、少しソフトなイメージを持っていたのだが、実に活き活きとしたメリハリの効いたダイナミックな演奏だ。それによく歌う。ベーゼンドルファーの音が十二分に出きっている感じ。とくに低音の響きが素晴らしい。


シューマンを弾き始める前に「スミマセン」と言いながら上着を脱いで会場を和ませる。いい雰囲気。

シューマンでは、さらに楽器の響きを楽しむことができた。重厚な和音の響きが綺麗にまとまって立ち上がる、かと思うと複雑なリズムのなかで旋律が浮き立ってくる。プロだから当然とはいえ、この音響の塊の中で音色を弾き分ける、パッセージの色合いを鮮やかに変えてみせる演奏はすごいと思った。

ただ、シューマンには申し訳ないが、この曲嫌いではないのだが、やはり少ししつこい感じがある(と私は思う…)。シューマン好きのカミさんは大満足のようだったが…。


とてもいい演奏だっただけにもう少し聴きたかった。とくにバッハを…。しかし、《【ピアニスト】勝手にランキング(12人の調査結果)》で、ティル・フェルナーさんをトップにランキングした自分の耳に間違いがなかったことを確認できて嬉しかった。


「マスタークラス」の方は4人もいて、わりと技術的な指導が多くて紹介しきれないので、印象に残ったところだけを書いてみる。

演奏は、みなさんよく指が回るという感じで、聴いていてそれなりに楽しめた。ただ、ティル・フェルナーさんの豊かな音響が耳に残っていたので、全体的に音が十分に出てない、という印象は否めなかった。とくに小さな音が弱くなる傾向を感じた。


フェルナーさんの指導を見ていて思ったのは、楽譜に書いてあること(強弱やアーティキュレーションや楽想など)を忠実に表現するだけでも(音大生でも)大変なことなんだなぁ、ということ。

たとえばピアノとピアニッシモの弾き分け、rit. やクレッシェンドのタイミング、左手のフレーズ最後の音の長さ、楽想記号(maestosoとかagitatoとか…)の表現、などなど。けっこう細かい指摘が多かった。しかし、それに即座に対応できる学生さんも大したものだし、それで音楽ががらっと変わるのにも感心してしまった。


面白いと思ったことがいくつかあった。

フェルナーさんが何度か、チェロやオーボエの音や演奏法をイメージするように指導していた。これは、素人にも非常に分かりやすかった。

左手の低音部が浮き出てメロディーを演奏するところでは、チェロのボウイングの仕草で一音一音のアーティキュレーションをイメージさせる。高音のメロディーを際立たせるところでは、オーボエを観客席の方に持ち上げて吹く動作で音をイメージさせる。単に楽器だけではなく、奏法の説明をすることで、音のイメージがより鮮明になると思った。


音を「上へ」響かせるとか、「開いた感じ」「ポジティブに」といった表現も何度か出てきた。とくに、ベートーヴェンの低音部のフォルテの和音。単に強く弾くだけでは、なかなか響きが空間に出て行かない、というような説明があった。

言葉ではなかなか分かりにくいが、実際にフェルナーさんがお手本を聴かせてくれると一目(聴?)瞭然であった。でも、どうしたらそんな音が出るのだろう? 脱力かな?


それから、印象的だったのが、「それぞれのフレーズのキャラクターを弾き分けなさい」という指示。同じフォルテでも、maestosoとagitatoとでは違う、ということなのだが…。「ここは嵐のように」とか「(フォルテからピアノになっても)前のフレーズの緊張感を持続して」とか、説明の内容は分かるのだが、弾いている学生さんは大変だろうなと思った。


今回も十分に楽しめた「ミニ・コンサート&マスター・クラス」であった。自分のことは棚に上げて(棚にあげるほどの腕ではまったくないが…)、マスター・クラスの先生の指導と、学生さんの上達の過程を見るのは、実に興味深い。終わった後で、カミさんと「あーだ・こーだ」と感想を話し合うのも楽しい。

(…と書きつつ、11月になっても進んでいない「悲愴」ソナタのことがふと頭をよぎってしまった…)



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