『バレンボイム音楽論』の読書メモを少しずつ掲載していたのがやっと終わった。その「モーツァルト」の章が、とてもよかったので、ご紹介する。
参考記事:
とくに気に入ったのが次の箇所。
モーツァルトからなにかを学べるとすれば、なにもかもひどく深刻にとる必要なないということだ。どれほど悲劇的な状況でも、どれほど恐ろしい状況でも、あらゆる状況には必ずそれほど深刻でない側面がある。
なんだか、映画で見たモーツァルトを思い出すような記述である。そして、これは人生訓としてもとても役に立ちそうな内容である。自分自身の生き方・考え方にもぜひ取り入れたい。
もうひとつ、こちらは少し耳の痛い話ではあるが…。
現代では、文明が以前より脆弱で薄っぺらなものになっている。もはや私たちに、自分自身で問いを見出して問いかけるだけの勇気がないせいだ。私たちは答えという観点から考える ― しかもさらに悪いことには他人の答えという観点から考える。
これはモーツァルトというより、バレンボイムの考え方であるが、現代人の一人としては「なるほど」と思うと同時に「自分自身で問いを見出す、問いかける」ことを意識しなくてはと感じた。
そういえば、別の章で「演奏家が絶えずみずからに問いつづけなければならない三つの問いは、なぜ、どのように、なんのために、である」と書いてあったことを思い出した。ピアノについても「なぜ、どのように、なんのために」そう弾くのか、自問しながら練習することを心がけたい。
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