単なる、コンクールの様子や出場ピアニストの紹介という以上に面白かったので、興味深かったところだけをメモ的に書いておきたい。
副題に「市民が育む芸術イヴェント」とある。たしかにそうなのだが、この本を読んでみると、むしろ「フォートワースの富豪が育む…」と言ったほうが当たっているような気がした。
ただ、アメリカの「富豪」はスケールが違うだけでなく、質的にずいぶん違うような気がする。あり余る財産に加えて、自分たちの労力や気持ちも、地域の文化振興や芸術のために惜しげなくつぎ込み、それを自らの喜びや誇りとしているように見える。
富豪たちが育む…
例えば、コンクールを運営するヴァン・クライバーン財団の予算は、コンクールの開催年は約510万ドル、それ以外の年は230万ドルにのぼるが、その57%が個人や民間団体からの寄付によるものだ。
他は企業からの寄付が21%、事業収入が20%となっている。
コンクール開催中、30人のコンペチターにはそれぞれにホスト・ファミリーがつく。ホスト・ファミリーは無報酬で、「自宅」内に滞在場所、練習場所などを提供し、食事や空港までの送迎、休日のお相手など至れり尽くせりの世話をする。
とくに重要なのが練習環境である。グランドピアノ2台(協奏曲練習のために2台必要)を24時間いつでも自由に弾ける環境が必要とされる。ピアノはスタインウェイ社から貸し出される。
こんなホスト・ファミリーを買って出るような金持ちは日本にはあまりいそうもない…?
プロのアート・マネジメント
このコンクールは、1958年の第1回チャイコフスキー・コンクールで優勝したヴァン・クライバーンにちなんで設立され、1962年9月に第1回が開催された。
ちなみに第1回コンクールには、審査員に井口基成、参加者に弘中孝(8位)、中村紘子(ファイナルで病気のため途中棄権)が日本から参加している。
現在のようなトップクラスのピアノコンクールに育て上げた人物が、リチャード・ロジンスキという人物。1986年に運営委員長に就任し、1989年第8回コンクールから20年間活躍した。
その父は国際的な指揮者であるアルトゥール・ロジンスキであるが、本人はアート・マネジメントの専門家である。
アート・マネジメントとは、芸術的知識やコンサートやホールの運営能力だけではなく、マーケティング、"grant writing"(公的資金や助成金の獲得、民間・個人とのネットワークによる資金集め)、人事など実に幅広い能力や人脈が要求される。
このロジンスキの尽力によって、ヴァン・クライバーン・コンクールが地元フォートワースに根付き、育っていったのだと思われる。(日本にもこういう専門家が欲しいものだと思う…)
ヴァン・クライバーン・コンクールの形
ロジンスキの手によって、次第に現在のクライバーン・コンクールの形が出来上がっていった。
例えば、演目をプロの演奏活動に近い形に変えた。依嘱する現代曲以外ほとんど自由にプログラムを組むことができる。また、ソロだけではなく、室内楽と2つの協奏曲を演奏する。入賞者(1〜3位)に対しては同等の賞金・賞品(3年間の演奏機会とマネージメント)が与えられる。
また、コンクール以外(の年)にも、コンサート・シリーズや教育プログラムなどを行なっている。2002年度からは "Cliburn at the Modern" という現代作曲家作品の演奏会シリーズも行われ人気を博している。
ヴァン・クライバーン国際アマチュアコンクールを始めたのもロジンスキだ。「人びとに『人生を楽しみなさい』というメッセージを送りたかった」と言っている。
もう一つ感心したのが、本選中に行われたシンポジウム。
領事や外交官が芸術・文化外交を論じるディスカッション、取材している記者たちが音楽ジャーナリズムの現在について話し合うフォーラム、審査員たちがコンクールについて語るシンポジウム、本選の指揮者ジェイムズ・コンロンによる講演と質疑応答。…といった充実した内容だ。
こうした、コンクール以外の幅広い文化的活動が、ピアノコンクールの価値を高めているようにも見える。
クライバーン・コンクールが目指すもの
関係者が口を揃えて言っているコンクールの目的は、
「真の芸術家の資質を備えていて、プロとしてすぐに活動を始められる準備ができているピアニストを見きわめ、…キャリアの扉を開ける手助けをする」
…ことであって、「スター」の発掘でも、今後の成長が期待できる「若い才能」の発見でもないということだ。
そのため、プロのピアニストが行うようなリサイタル、室内楽、2つの協奏曲の幅広いレパートリーが要求されるとともに、短期間でのあらゆるプレッシャーに負けない体力・精神力が試される。
審査員向けハンドブックには次のようなことが書かれている。
「審査員は、コンクールでの演奏中、音楽性、様式的整合性、音楽的高潔性、作曲家の意図の理解、形式的整合性、音色についての感性、個性、創造的イマジネーションなどといった、明らかに考慮すべき点に注意を払うようお願いします。
しかし、それと同時に、審査員は、内なる耳 -- それは、心、または魂と呼ぶべきでしょうか -- をもって演奏を聴いてください。つまり、音程やリズム、音量などといったことを超えた、…われわれの感情をあふれさせ、われわれの価値観を育んでくれるようなもの、それこそに耳を傾けてほしいのです。…」
「音楽的高潔性」「内なる耳」「価値観を育んでくれるようなもの」…なかなかいい言葉である。
…と、この本を読んで面白いと思ったことについて書いてきたが、気がつくと肝心のコンクールの具体的なこと何も触れてない記事になってしまった…(^^;)。
まぁ、コンクールの様子、参加ピアニストやその演奏に関すること、パーティなどのエピソード…などに興味のある方は本書を読んでいただきたい。
ただ、今回書いたこと以外に、気になったことの一つが入賞した3人のピアニスト、1位の辻井伸行クンとハオチェン・チャン、2位のソン・ヨルムのことだ。
それについて書き出すと、長くなるので、別の記事としたい(書く元気があれば…)。
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