アンリ・バルダという名前は知っていたが、それほど興味を持っていた訳ではなかった。それが、たまたま録画しておいた「クラシック倶楽部」の演奏を聴いて、ちょっとビックリ。なかなか面白いピアニストだなぁと思ったのだった…(^^)。
聴いたのは、バッハの平均律の数曲とシューベルトの即興曲 Op.142。2017年11月東京文化会館での演奏というからコレ(↓)の一部のようだ。
バルダの演奏を探したが、YouTube にはいくつかの音源しかなく、頼みの Spotify にも珍しく1枚のCDも登録されていない。やはり「神秘のピアニスト」なのか?
で、とりあえず図書館にあった(あることだけは前から知っていたのだが…)『アンリ・バルダ 神秘のピアニスト』(青柳いづみこ 著、2013年 白水社)という本を年末に借りて読んでみた、という次第…。
正直な読後感としては、いづみこさんの本にしてはちょっと歯切れが今ひとつ、構成も今ひとつで読みにくかった。でも、それはアンリ・バルダのつかみ所のなさから来ているところもあるのかも知れない。
…ということで、この読書メモもやや迷走するかも知れない…(^^;)。
その前に、バルダの演奏を聴いて感じたことをちょっとだけ…。
バッハの平均律は、初めて聴くような弾き方だ。音楽が柔らかく軽やかに飛翔する。ときに豊かなダイナミックさもあり、一言で言うと自由なのだ。バロック的・古典的というよりはロマン的?でもロマン派とも違う馥郁たる音楽を感じる。
シューベルトの即興曲 Op.142 が始まったときは「速っ!大丈夫?」と思ったのだが、結構速いテンポの中に繊細なニュアンスが織り込まれていく。これも新鮮なシューベルト。
YouTube で聴いた中では 2015年の神戸でのリサイタルの録画が良かった。このショパンは面白い ♪ でも、ちょっと荒っぽいかな?と思う部分もあり、つかみきれてない。
♪ Henri Barda piano Recital in Kobe 2015 / Frédéric Chopin /Pieces.
♪ Henri Barda piano Recital in Kobe 2015 / Johannes Brahms / 3 Intermezzo Op117
この本を読んで、何となく分かってきたのは、アンリ・バルダは一筋縄ではいかない(理解できそうもない)ということ。本人の性格も気難しいようだが、その演奏もとても個性的でその時々で変わるようだ。
しかも、周りからの評価と本人の感じ方(自分に対する見方・評価)がかなり乖離しているように見える。なかなか興味深いピアニスト、というより人物(人間)らしい。
バルダは、親しい友人たちの前でリラックスして弾くときの演奏が一番素晴らしいそうだが、そういう関係にある人たちが本当に羨ましいと思えた。
読み終わったあと、バルダのちょっと複雑な人間性や、その演奏に対するイメージが持てたということは、この『アンリ・バルダ 神秘のピアニスト』という本は、実はとても良くできた本なのかもしれない…(^^;)。
以下、気になった箇所の抜粋。数字はページNo.。緑色の部分はバルダ本人の言葉。
80
バルダの演奏で驚くのは、表現の多彩さだ。ラヴェルを弾いているときと、ショパンを弾くとき、シューマン、ブラームスを弾くときでは別人かと思うように変化する。…本人も「自分は矛盾(コントラディクション)が好きだ」と語っているが、この多重人格ぶりは…
82
パリでは誰もがバルダの実力を知っているが、こだわりが多すぎて(プライドが高すぎて)、なかなかマネジメントを引き受けようとする人があらわれない。
84(ル・モンド紙から)
彼はまぎれもなく、フランスのピアニストの中でもっとも神秘的な存在だろう。ピアニスト辞典には名前が載っていない。しかし、彼の同世代のピアニストたちはその演奏を褒めたたえる。アンリ・バルダはエジプトで初期教育を受け、パリ音楽院とジュリアード音楽院で研鑽を積んだ。至るところでセンセーションを巻き起こし、彼の二枚のディスクはいずれもディスク大賞を受賞している。にもかかわらず、彼の名をコンサート情報で見かけることはあまりない。
97
「(私は)自転車に乗ってミモザの花の間で昆虫を探している(少年)」
※昆虫が大好きらしい。
130
本人「作品が何を語っているかが重要」「表現するのに自分を主張しない」
私(青柳いづみこ)がバルダに見ている「十九世紀的ヴィルトゥオーゾ」とは真逆…
…ピアノに話しかけると、ピアノは良い友だちとなってかえってきます。…同じ曲でも毎回変わるのです。クラシック音楽を演劇に例えると、俳優が叫んだり、ささやいたりするディクション(発声の仕方)も、その意味を考えて声に出さなければならないので同じ台詞でも毎回変わった表現をするのと同じです
144(ショパン誌から)
「人間は翼を奪われた天使。地上にないものへの憧れをいつも抱えています。『美』は、その翼の代わりに、私たちの精神を飛翔させてくれるもの。ショパンのような大天才が、その『美』を私たちに残してくれたのです」
154
(いづみこ)バルダの演奏のルーツは…「フランス・アカデミズム」ではなく、レシェティツキに発し、フリードマン、ティエガーマンとひきつがれた十九世紀ロマンティシズムのスタイルだと思っている
(バルダ)自分の技術や演奏スタイルは、すべてホロヴィッツに負っている。彼のコンサートの思い出や映像や録音をもとに研究して作り上げたものだ
161
2008年神戸でも、2009年名古屋でも、モーツァルトのロンド(イ長調 K511)を聴いているときが一番ほっとする。…自然に流れるように、楽しくなったりふっと陰ったり、しみじみとかみしめたり、ひそかに何かをあきらめたりする。
163:(ジェローム・ロビンスのバレエ・ピアニストとしてのバルダの活躍)
※『ウェスト・サイド物語』の振り付けで有名なジェローム・ロビンスは、ショパンの曲とバレエを合わせたものを何回かやっていて(↓)、バルダは1989年からそのピアニストをつとめている。少なくとも2001年3月までパリのオペラ座で弾いている。
- 1956年『ザ・コンサート』:子守唄、24の前奏曲、バラード第3番
- 1970年『イン・ザ・ナイト』:ノクターン
- 1991年『ダンセズ・アット・ア・ギャザリング』:ワルツやマズルカ
※また、2011年5月にはウィーン国立歌劇場で『ジェローム・ロビンスへのオマージュ』で演奏している。いづみこさんはこれを観ている。
※本人は「時間の無駄だった」とも言っているが、たぶんそんなことはないと思われる。
187
バルダの日本でのマネジメントは、2010年からコンサートイマジンが担当している。
194
バルダの復活も一枚のCDがきっかけだった。
2011年1月、紀尾井ホールで開かれたリサイタル(2008年12月18日)のライヴ録音がフランスのレーベルからリリースされ、評判を呼んだ。…曲目はブラームス『8つの小品作品76』より1〜5番。ベートーヴェン『ソナタ第28番』、ショパン『舟歌』『4つのバラード』。
バルダはショパンを、誰もひかないように弾く。炎のように輝く音。稀有な気品を湛えた、たとえようのない豊かな表現。
201〜(ライナーノーツにバルダ自身が短い自伝を書いている)
私は、最初の瞬間から我が友オリヴィエ・グレフの擁護者だった。ソナタ『昔ふうの趣向で』の初演をし、作曲者自身と『ラヴェルの墓』という連弾曲や『小さな室内カンタータ』で共演した。彼が悲嘆にくれる死に方をしてからは、傑作『魂の歌』を、イギリスのソプラノ、ジェニファー・スミスとともに初演する役目を担った。
おまけ。この本の主題ではないが、この本の中で青柳いづみこさんがこんなこと(↓)を言っている。
「日本で受け取られているところの『フランス的なるもの』に抱いている私の嫌悪感」
フランス音楽の専門家として、「本当のフランスはそんなものじゃない」という思いなのかも知れないが、ちょっと意外な感じがした。
例えば、私のイメージする「フランス的なるもの」の一部は、まちがいなく青柳いづみこさんの本を(何冊も)読んだことによって得られたものなので…。
ちょっと思い出したのは、福間洸太朗さんが楽曲解説動画(↓)の中で、「フランス音楽というと印象派と思われているが、フランスの作曲家全員が印象派ではない…」みたいなことを言っていたことを思い出した。確かに、そりゃそうだろうとは思う…(^^;)。
🎦ヴィエルヌ:孤独 [福間洸太朗の動画で楽しむ楽曲解説・聴きどころ紹介 #19]
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