2017年7月14日金曜日

『バイエルの謎』面白い!最高のミステリー ♪

『バイエルの謎』という本を読んだ。バイエルそのものに興味があったわけではないのだが、読む本がなくなったので…(^^;)。

ところが、読み始めるとこれが実に面白いのだ♪!本の帯に「読み応えのあるノンフィクション」とあるが、私の感想は「良質なミステリー小説」のような面白さであった。


📘バイエルの謎: 日本文化になったピアノ教則本




「音楽書」として、例えば「バイエル」のピアノ教育における位置付けとか、使い方とか、音楽的な評価とかを期待するとちょっと違うかも知れない。…が「バイエル」の本当の姿を知るには音楽(史)的にも重要な本だと思う。

このブログ記事も、最初は著者(安田寛 氏)が4年にわたってヨーロッパやアメリカの現地調査を行い発見した数々の新しい事実を整理しよう、と思っていたのだが、「ネタバレ」になってしまう恐れもあるのでやめた。謎解きの面白さを味わうべき労作だと思う。


日本において「バイエル」は一つの「文化」になっているとこの本には書かれている。実際「バイエル」=「入門書」のような使い方さえされることも多い(例:『英語のバイエル』)。また「バイエル」をベースとした様々な教則本や曲集なども非常に多い。アマゾンで「バイエル」と検索すると、なんと1,460件も出てくる。

この本の出発点は、それほど日本文化に根付いた「バイエル」のことが、実はほとんど分かっていない、という不可解な状況にあった。なぜ「バイエル」だったのか、誰が日本に持って来たのか、日本に伝わって以来140年近く使われてきたのはなぜか、初版本は残っているのか、そもそもフェルディナント・バイエルとは誰なのか(伝記がない)などなど…。

これらの謎に挑んだ著者の波乱に満ちた探索の記録が本書なのだが、今回は「謎解きの面白さ」を損なわない範囲で、私が面白いと思ったことをトピックス的に書いてみたい。


初版「バイエル」の表紙(この本から借用)




まず「なぜバイエルだったのか?」に対してよく言われることは「他に選択肢がなかったから」というものであるが、どうもそれは事実に反するらしい。1880年に「バイエル」が日本に入ってきた時点で、すでに2つの教則本があったようだ。リチャードソンのものとウルバッハのもの(どんなものか知らないが…)である。

ただ、もちろん「バイエル」がピアノ教則本のスタンダードになったのにはそれなりのワケがあったのだが…。


面白かったのは、それまで標準的に使われてきたものが、なぜ急に「バイエルは古い」「日本以外では使われていない」ということになったか、という理由。

それには、1987年に出版された「日本の音楽教育」という本(ロナルド・カヴァイエ、西山志風 著)が大きく関わっている。その中にバイエル批判?のようなものが展開されているらしいのだ。

「本国のドイツでさえ、もはや忘れられている教則本です」「使っているのは日本だけ」といったことが語られており、それが当時のピアノ教育関係者に相当なショックだったのだろう。これが、その後の「バイエル離れ」を加速したと推測される。


ただ、笑ってしまったのは、その後にそれに代わるものを聞かれて「クルターク(クルターグ・ジェルジュ)」と答えているところ。なぜなら、クルターグは著者のカヴァイエの師匠であり、その『ピアノのための遊び(Játékok)』に緒言を書いているらしいのだ…(^^;)。

念のために付け加えると、クルターグ本人とその「遊び」については個人的には好きだし高く評価している。でも、ピアノ教本としてはどうなんだろう?




ところで、バイエルというと漠然とピアノ教本の入門編というイメージしかなかったのだが、前書き(↓)にはちゃんとその目的などが書いてあるようだ。

この小品は将来のピアニストができるだけやさしい仕方でピアノ演奏の美しい芸術に近づけることを目的としている。…この作品は、音楽に理解がある両親が、子どもがまだほんの幼いとき、本格的な先生につける前に、まず自分で教えるときの手引きとしても役立ててほしいものなのである。…

また、「バイエル」には作品番号がついていて、Op.101 なのだが、Op.101 bis という「付録:親しい旋律による百曲のレクレーション」があり「ローレライ」とか「蝶々」が含まれているらしい。併用曲集としては、他にも Op.148、Op.148 bis というのがある。


それから、本体(Op.101)の構成を解明するくだりも面白い(ピアノの先生には役に立つかもしれない)のだが、ややこしいのでヒントだけ。

ヒント1:訓練楽譜(エクソサイズ)、お楽しみ曲(レクレーション)、練習曲(スタディ)の区別

ヒント2:「静かにした手」("Die stillstehende Hand"=ポジション移動・指の交差のない運指)


もう一つ興味深かったのは、バイエルの作品を出版しているのが「ショット社」という話。

ショット社といえば、カプースチンの楽譜を次々に出している出版社として初めてその名前を知って、なんだか面白い会社だなぁくらいに思っていたのだが…


実はすごい老舗だったのだ…(^^;)。なんと、ベートーヴェンの交響曲第9番を出版(初版!)し、ワーグナーと契約してその分厚いオペラも出版したという本格的な出版社だ。


その1900年発行の出版カタログを見ると、ページ数で一番多いのが実はバイエル(27ページ)だそうだ。2番目のワーグナーが24ページで、その他、ブルクミュラー12ページ、ベートーヴェン12ページなどとなかなか面白い数字が並んでいる。

当時、バイエルは「売れっ子」だった可能性があるわけだ。


この本の最後の方は、バイエルが実在の人物なのかどうかという謎に迫って、その戸籍やお墓を探すということになるのだが、その結末を知りたい方はこのノンフィクション『バイエルの謎』をどうぞ。

ちなみに、お手軽な文庫本も出ていて、こちらの表紙は「赤バイエル」とそっくりさん(↓)になっている。








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