この曲は好きなピアノ曲の一つなのだが、実はよく理解できない曲でもある。なんというか、掴みどころがないのだ。だけど、印象に残るし聴いていて楽しい。
でも、もう少し理解したい。鑑賞する身として、もう少し分かった気になって聴きたい…という気持ちがある。素人の私が考えても何も出て来そうにないので、ネット上の識者のご意見を探してみることにした。
色んな人の意見を並べると、「ベートーヴェンの代表作の一つであり、ゴルトベルクと並ぶピアノ変奏曲の名曲」であるが、「長大で難解」「多様な側面を持つ」「音楽的な密度と深さは特別」「複雑怪奇で、弾くのが難しくて大変」「有名だけどあまり人気がない」…といった感じだろうか。
そして、私が聴いたピアニストたちは、それぞれにかなり違った演奏を聴かせてくれた。様々な解釈やアプローチを許す「包容力」のようなものを持った作品なのかもしれない。
以下、私の興味を引いた記事やコメントをメモしておきたい。
まずは、2015年のリサイタルで感激したときの内田光子さんのインタビュー記事から。実際に「ディアベリ」に取り組んだピアニストならではの含蓄ある話なので、そのまま引用する。(面白いと思ったところは太字にしてある)
✏️内田光子「心技体そろった今だからこそ≪ディアベッリ変奏曲≫」
「途中、休憩もなく57〜58分演奏し続けなくてはいけない長大な曲ですが、その深さや音楽的な密度についても特別な作品です。以前からこれを弾かないまま死んでしまうのは嫌だと思っていました。ただ、恐ろしく複雑怪奇な曲だけに弾くにあたっては極めて高い集中の密度が求められるため、70歳を過ぎてから新たに勉強するのは難しいと考え、一昨年から演奏会で取り上げています」
「心技体そろった今だからこそこの難曲に挑戦したい」
「…作品の全体像は、人間が生きていく上で遭遇する最大の深みにスポッとはまってしまうようなものでした。その一方で深みに落ち込んだ者を上に引き上げる力がある。それはベートーヴェンにしか出来ないことなのです。長大な作品ですが気後れせずに楽しんでいただきたい。とにかく奇想天外で面白い曲です。ベートーヴェンはディアベッリのおかしなワルツを少し意地悪に扱い、素晴らしいバリエーション(変奏)に仕上げています。ぜひ、この大作の魅力を一緒に分かち合いましょう」
ブレンデルが著書の中で「ディアベリ変奏曲」についてかなり詳しく書いているようだ。その本『音楽のなかの言葉』について紹介したブログ記事(↓)があった。
✏️ブレンデル 『音楽のなかの言葉』より ~ ベートーヴェン/ディアベリ変奏曲
長い記事なので、引用の引用になってしまうが、私が面白いと思ったところをメモしておきたい。また、文末「おまけ」にブレンデルが各変奏につけたタイトルを載せておく。「ディアベリ」鑑賞の一助となるかも知れない。
-深刻さ、叙情、神秘性と抑圧性、内向性と晴れやかな外向性と、さまざまな感情が幅広く顕れているにもかかわらず、最も広い意味でのユーモラスな作品
-主題は…認知され、飾られ、賛美される代わりに、主題は矯正され、パロディ化され、からかわれ、否認され、姿を変えられ、嘆き悲しまれ、踏みにじられ、最後には高みへと送られる
-主題から導かれる「動機となる要素」
- アウフタクトの装飾音、倚音、あるいはアポジャトゥーラ(前打音)
- 4度と5度の音程
- 同音あるいは和音、およびペダル音(普通は属音のト音)の反復
- 分散和音
- 舞踏のリズム、およびその変形
- 反復進行形
- 前半と後半のそれぞれ最後の4小節に現れる旋律曲線
-全く相容れない要素を滑稽に、強烈に、奇妙に対置させることがグロテスクの特徴であるとするなら、ディアベリは極めてグロテスクな作品(崇高と茶番、狂乱と憂鬱など)
-境を踏み外したもう一つの例が、多くの議論を呼んだ第20変奏。
ベートーヴェン研究家たちが論理性を求めようとしたが、この神秘的なパッセージをなぜ永遠にそのまま神秘として捉えてはいけないのだ。交互に出てくる20組あまりのコントラストのなかでも、第20と第21変奏のコントラストは最も強烈である。瞑想的な内容と軽喜劇が組み合わされている
-第33変奏は、ソナタ第32番のアダージョと直接に結びついている
ちなみに、ブレンデルの著書はコレ(↓)。
音楽のなかの言葉(A.ブレンデル)
作曲家・ピアニストの野平一郎さんの講演に基づく下記の記事も面白かった。
✏️《ディアベリ変奏曲》の演奏解釈(PDF)
主に演奏者の視点で語られているので、私の興味を弾いた箇所だけを抜き書きしておく。
ダイナミクスが面白い。(強弱、アーティキュレーションの変化)
和声を書いていながら対位法になり、対位法を書いていながら和声になる。それぞれを純粋に書こうとしたために、ハーモニーと対位法が交じり合い、二つの境界線があいまいになり、対位法と和声がぶつかって火花が散って互いに侵食し合う
いくつかの変奏曲をまとめることが要求される。…第 2 変奏から第 5 変奏に向かってテンポのアッチェレランド…
第 2 変奏のラ-ファ-ソの音型(a -fis -g )
例えば第 3 変奏の冒頭 … 後半を見るとラ-ファ-ソ-レ、レ-シ-ド-レ、ラ-ファ-ソ-レ、レ-シ-ド-レ、と、音型の対位法的な入りが四回あり、実際には三声部しかないが四声あるように見せている
対位法とならんで全曲をコントロールするもうひとつの手法は、舞踏のリズムである。これもまたネットワークを形成している
開始のあたりは単音だが、2 音になり 3 音になり 4 音になる。そうして音響空間が広がっていくと同時に音の密度が増加していく。対位法的なパッセージを書いていたはずであるのに、対位法とハーモニーが出会 うことになる
じつはこの《ディアベリ変奏曲》の多くが、前半と後半そのものが対になっている。つまり上向きの音程が下 向きになり、下向きが上向きになる。これはバッハの組曲を考えてみるとよい
第 18 変奏は…“問い”と“答え”のスタイルである。…二つの声部が 2 オクターブに近いほどかなり開かれていて、音響の点で開離的に置かれている。…すなわち置かれる位置によって、 きわめて違ったものに聞こえるように設定している。音響的な意味において、これほど音域と音色を 結びつけた作曲家は、いないのではないだろうか
「第 22 変奏」 しだいに変奏曲と変奏曲の間の落差が激しくなり、振幅が大きくなる。その究極のかたちとして現れるのが、第22変奏の《ドン・ジョヴァンニ》からの引用である(《Don Giovanni》第1幕冒頭。レポ レッロのアリア)
「第 24 変奏」第 23 変奏のピアニスティックな世界(エチュード )に対して、ここでフゲッタが現れる
「第 29 変奏」これは小さな嘆きの歌であろう。本当の嘆きの歌はもっと後にくるわけだが、その前ぶれのようなアダージョ
「第 31 変奏」は一つの世界をつくっており、独立した楽章を弾いているような時間の経過を感じる
『ディアベリ変奏曲との対話』という本を紹介している記事もあった。
✏️蜜蜂も遠雷も、宇宙さえも内包する変奏曲との対話
この本(↓)の著者、ミシェル・ビュトール(Michel Butor)も、この本の中で各変奏曲にタイトル(文末参照)をつけているそうだ。
ディアベリ変奏曲との対話
その他、読んだ記事(参考)。
✏️ベートーヴェン『ディアベリの主題による33の変奏曲』
✏️ベートーヴェン「ディアベッリ変奏曲 op.120」
記事を読む中で、聴いてみようと思ったピアニストがアルフレート・ブレンデルとクラウディオ・アラウ。ちなみに、グレン・グールドは録音を残してないそうだ。
おまけ。変奏曲につけられた「タイトル」。
ブレンデル版
主題:通称「ワルツ」
- 行進曲-力こぶをみせびらかす剣闘士
- 雪
- 信頼と執拗な疑い
- 博学なレントラー
- 手なづけられた小鬼
- 雄弁なるトリル(大波に立ち向かうデモステネス)
- 旋回と足踏み
- 間奏曲(ブラームス的な)
- 勤勉なくるみ割り
- 忍び笑いといななき
- 「イノチェンテ(潔白)」(ビューロー)
- 波形
- 刺すような警句
- 選ばれし者、来れり
- 陽気な幽霊
- 勝利
- 勝利
- ややおぼろげな、大事な思い出
- 周章狼狽
- 内なる聖所
- 熱狂家と不満屋
- 「昼も夜も休まずに」(ディアベリ的な)
- 沸騰点のヴィルトゥオーゾ(クラマー的な)
- 無垢な心
- 「トイチャー」(ドイツ舞曲)
- 水の波紋
- 手品師
- あやつり人形の怒り
- 「抑えたため息」(コンラート・ヴォルフ)
- 優しい嘆き
- バッハ的な(ショパン的な)
- ヘンデル的な
- モーツァルト的な。ベートーヴェン的な
ビュトール版
- ユピテル
- 霧氷
- 宮廷のワルツへのプレリュード
- 宮廷のワルツ
- 湧き出る泡、明けの明星
- 雪解けの風
- プレリュード、ときめく心
- 優しいワルツ
- 田舎の行進、または大地
- 霧の中を駆けてゆくふたりの子供たち、ポールとヴィルジニー、田舎のお祭りへの序曲
- プレリュード、手をとり合う男女、ワルツへのいざない
- ロンド風のワルツ、豊作祈願祭
- 軍隊風の行進
- 嵐の接近
- 小人の行進
- 鎚、あるいは太陽の門
- 金床
- 虹
- 光の幻想曲
- 月
- オーベロンの行進、ティターニアのワルツ、夏の午後のディヴェルティスマンへの序曲
- レポレッロ=ボトム
- 妖精パックの幻想曲
- 小フーガ
- 陶然たるワルツ
- プレリュード、葡萄のとり入れ
- 酒樽の幻想曲
- メルクリウス、亡霊の行進曲
- 亡霊のワルツ
- プレリュード、孤独な鉱夫の夢想
- 悲愴幻想曲
- 大フーガ
- 変奏曲風のメヌエット
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