モーツァルトのピアノ協奏曲第21番の聴き比べでは、色んなピアニストが自作のカデンツァを弾いていて、なかなか面白かった。
そう言えば、楽譜(スコア)ではこの「カデンツァ」はどう書かれているのだろう?…という疑問が湧いた…ので調べてみた。
すると、上の楽譜のように実に素っ気なかった、フェルマータがあるだけ…(^^;)。ここには一応 "Cadenz." と書いてあり、カデンツァの終わりにオーケストラにつなぐトリル部分の音符も書いてあるが、これはない場合もあるようだ。
通常の「協奏風ソナタ形式」では、「オーケストラ提示部→ソロ提示部→展開部→再現部→カデンツァ→コーダ」となることが多い。
「四六の和音」にフェルマータがついていると「カデンツァ」が入る…というのが基本的なお約束らしい。
モーツァルトの自筆譜(↓)では、トリルは書いてあるが "Cadenz." の指示はない。
モーツァルトのピアノ協奏曲では唯一、第23番 K.488 の第1楽章のカデンツァがスコアの中にしっかりと書かれている(↓)。
ロマン派以降の作曲家はスコアの中にカデンツァも書くことが多いようだ。
例えば、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番では、スコアの中に 2種類のカデンツァが書かれていて、どちらを演奏するかはピアニストが選べるようになっている…とのこと。
ところで、カデンツァの楽譜というのは出版されているのだろうか?
少なくともモーツァルトのピアノ協奏曲に関しては、こういう楽譜(↓)が出版されていて、モーツァルトが作ったカデンツァ(とアインガング等)はすべて載っているようだ。
📘モーツァルト : ピアノ協奏曲のためのカデンツ及び装飾音/ベーレンライター社新モーツァルト全集版
下記の協奏曲に対するカデンツァ等が入っている。
- Piano Concerto No. 5 in D Major, K. 175
- Rondo in D Major, K. 382
- Piano Concerto No. 6 in B-flat Major, K. 238
- Concerto No. 7 in F Major for 2 or 3 Pianos ("Lodron"), K. 242
- Piano Concerto No. 8 in C Major ("Lützow"), K. 246
- Piano Concerto No. 9 in E-flat Major ("Jeunehomme"), K. 271
- Concerto for Two Pianos No. 10 in E-flat Major, K. 365 (316a)
- Piano Concerto No. 12 in A Major, K. 414
- Piano Concerto No. 11 in F Major, K. 413 (387a)
- Piano Concerto No. 13 in C Major, K. 415 (387b)
- Piano Concerto No. 14 in E-flat Major, K. 449
- Piano Concerto No. 15 in B-flat Major, K. 450
- Piano Concerto No. 16 in D Major, K. 451
- Piano Concerto in G Major, K. 453
- Piano Concerto No. 18 in B-flat Major, K. 456
- Piano Concerto No. 19 in F Major, K. 459
- Piano Concerto No. 23 in A Major, K. 488
- Piano Concerto No. 27 in B-flat Major, K. 595
- Piano Concerto No. 3 in D Major, K. 40
- Piano Concertos, K. 107
なお、アインガング(eingang:入口)とは、楽曲の主要部に入るための「前置き」「導入部」のようなもの。英語では "lead-in" という。
モーツァルト以外の(後世の)作曲家によるカデンツァの楽譜も存在するようだ。協奏曲の楽譜とともに出版されているもの(↓)もある。
ちなみに、IMSLP の「ピアノ協奏曲第21番」のページ(↓)には、"Arrangements and Transcriptions" のタブのところに下記の作曲家によるカデンツァの楽譜が載っている。
- Davide Coppola
- Simone Di Felice
- Gabriel Fauré
- Samuil Feinberg
- Adrián Fuentes Flores
- Timothy Nicholas Martin
- Bart van Oort
- Carl Reinecke
YouTube で面白いものを見つけた。シャルル・リシャール=アムランが第24番 K.491 用に作ったカデンツァの楽譜付き音源(↓)だ。
それから、今読んでいる📘『モーツァルトのピアノ音楽研究』(久元祐子 著)という本に、「即興とカデンツァ」という章があったので早速読んでみた。
そこではスコアの不完全性、即興的修飾、自筆譜と出版譜の問題などが取り上げられていて色々と興味深いのだが、ここではモーツァルトのピアノ協奏曲のカデンツァについて面白かったことをいくつか書いておきたい。
カデンツァの通常の形としては、まず提示部などの動機を使って展開する部分があり、1〜2個のフェルマータのあとに第2主題を使った自由な変化があり、最後にトリルとなる。
モーツァルト自身はカデンツァを即興で弾くことも多かったようだが、複数のカデンツァを用意しておいてそこから選ぶこともあったようだ。モーツァルトが残したカデンツァには作品の依頼主や姉のナンネルのような演奏家を想定して書いたものもいくつかある。
著者が素晴らしいカデンツァとして紹介しているものを並べてみる。
- 第20番 K.466:ベートーヴェン、クララ・シューマン
- 第21番 K.467:内田光子、イングリット・ヘブラー、リリー・クラウス、ラドゥ・ルプー
- 第22番 K.482:パウル・バドゥラ=スコダ、ベンジャミン・ブリテン、ゼルキン
- 第24番 K.491:クララ・ハスキル
- 第25番 K.503:ブレンデル
ちょっと変わったカデンツァの話。第27番 K.595 の第3楽章ではリート「春への憧れ」のテーマが使われており、モーツァルトのカデンツァでもその動機から始まっている。
…のだが、ワルター・クリーン(Walter Klien、オーストリア、1928 - 1991)というピアニストは、N響との共演で「春への憧れ」全曲をカデンツァとして弾いたそうだ…(^^;)。
フリードリヒ・グルダは自由過ぎるくらいに即興を駆使していたことで有名らしい。例えば、第27番のモーツァルト作のカデンツァの後半を大幅に拡張したり、オーケストラ部分に合いの手?を入れたり…(^^;)。
モーツァルトの時代、オーケストラの低音部をソロ鍵盤楽器が補強するために弾く「通奏低音奏法」というものがあったらしいが、グルダの「合いの手」はそれとは異なるようだ。
そういえば、第18番 K.456 の演奏で、ロバート・レヴィンがオーケストラ部分で弾いていたのも、同じ類の奏法なのだろうか…?
カデンツァに対する有名人の言葉。
パウル・バドゥラ=スコダ:「カデンツァの様式は協奏曲の様式的統一と一致せねばならない」
ワンダ・ランドフスカ:「それは(カデンツァとは)、すでに生起したことをいまいちど即興的に暗示すること、あるいはそれを振り返って眺めることなのかもしれない。あるいはまた、われわれの好きな、もういちど見られればうれしいと思うような懐かしい場所を、そぞろ歩いてみることなのかもしれない」
参考:
✏️カデンツァ(Wikipedia)
✏️モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K.467(cadenzas:Busoni)(クラシック音楽へのおさそい)
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