これをどう弾くか?…については諸説あり、ピアニストによっても弾き方が異なっている。楽譜もよく見ると編集者や版によって微妙に違っている。謎だ…。
上の楽譜は、私が練習に使っているもの。IMSLP にあったもので、「編集者:Heinrich Schenker (1868-1935)、出版社:Vienna: Universal Edition, 1918-21」となっている。
同じ箇所を、最近買ったヘンレ版(Bertha Antonia Wallner 編、Conrad Hansen 運指)で見てみると、下のようになっている。調号や運指の記載に違いはあるが基本的には同じだ。
ところが、試しに見てみた他の楽譜では、少し違いがある。下記は「編集者 Johannes Brahms」のもの。「付点16分音符+32音符」にタイがかかっている。
さらに、下記の「編集者 Hans von Bülow」版では、音符の数が違っているようだ。最初の付点8分音符の次の16分音符が余計に入っている? しかも、最後のタイの付き方(8分音符のイ音につながるところ)が他の楽譜と違っている。
この楽譜はシンコペーションが強調されているのかも知れない。左手の2番目の和音が入る位置も上記3つの楽譜とは違っているように見える。
こうなってくると、素人の私にはどうしていいのかさっぱり分からない…(^^;)。…ので、ネット上でいくつかの解説を探してみた。
一つ目は、ピアニスト今井 顕さんの「『ピアノ演奏へのヒント』楽譜から作曲家の真意を読みとるには」という資料(PDF)。それによると…。
4と3の運指は「ベートーヴェン自身の筆跡で書かれている」そうだが、二つの音を「独立分離させ て演奏しても、今ひとつ納得が得られないのが正直な感想」とのこと。
で、今井さんの結論は「タイをタイとして処理すべきで、運指法にとらわれて音符をそれぞれレピートすることは不要」となっている。
理由としては、「重要なのは音楽的な感性」であって、ここでベートーヴェンが求めたものは「遠方からゆっくりと 迫り、また遠のいていく音(=光?希望?)によって構築された遠近感」だったのではないかと推測されている。
また、「…重要なのは小節前半の右手の音価である。これを三十二分音符に換算してみると、順を追っ て 6+4+4+3+3+2+2+2+2 となり…、あたかもアッチェレランドをして いるような効果が生じる」という指摘も…。
"accel." と書くことで演奏家の裁量に任せるのではなく、できるだけベートーヴェン自身が求める音を楽譜に書き込みたかったということかも知れない。
もう一つは真嶋雄大さんの『グレン・グールドと32人のピアニスト』という本に書いてあること。「第31番第3楽章第5小節をいかに弾くか」というタイトルの箇所に…。
おそらく、ペーター・レーゼルの言葉としてこういう(↓)引用が載っている。
「当時の楽器で二つ音を弾くと、浮遊するような音になって効果があります。でも今のピアノで弾くと、間違いなく二つ音が聴こえてしまうんです。それはベートーヴェン本人の意思ではないと私は思うので、私はそこで二つ音を弾くのではなく、ひとつ弾くんです。…ルドルフ・ゼルキンも、そう弾いています」
つまり、今井さんと同じ「タイ」でつなぐ弾き方で、「テンポを上げる(音の塊を短縮していく)」ことも重要という同様の指摘もある。
一方で、アルトゥール・シュナーベルの違う弾き方(↓)も紹介している。これは、クラヴィコードを模した奏法なのかも知れない。
「タイで繋ぐことは無視し、数字を強く、' のついた音を聴こえるかどうかの小さな音で…」
「数字を強く、' のついた音を…」のところは図がないと分からないので、当該箇所を下記に引用させていただいた。
この、シュナーベル方式は、何人か聴いてみたピアニストの中では、バレンボイムやイゴール・レヴィットがこれに近い弾き方をしているようだ。
タイでつなぐ弾き方も何人かいたので、現在のピアニストはレーゼル派とシュナーベル派に分けられると考えてもいいのかも知れない。
ところで、上記の本のタイトルにもなっているグレン・グールドだが、タイを外してほぼ同じ強さで弾いているように聴こえる。彼なりの解釈なのだろう…。
♪ Glenn Gould - Beethoven, Piano Sonata No. 31 in A-flat major op. 110 (OFFICIAL)
とりあえず、私としては比較的簡単そうなレーゼル方式で練習して、少し弾けるようになってからシュナーベル方式を試してみようかと思っている ♪
ちなみに、真嶋雄大さんの本は下記。
グレン・グールドと32人のピアニスト
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