2022年3月10日木曜日

シルヴェストロフ(🇺🇦ウクライナの作曲家)の美しいピアノ曲 ♪

Slipped Disc の記事(3月9日 ↓)によると、世界的に著名なウクライナの作曲家であるヴァレンティン・シルヴェストロフ氏(Valentin Silvestrov、1937-)が、戦火の迫るキエフからポーランドへ無事脱出したとのこと。


初めて聞く名前だったので、いくつかのピアノ曲を聴いてみたが、これがとても美しくて素晴らしかった ♪ 知った機会が戦争というのが悲しいけれど…😞



2022年3月9日水曜日

日本の現役ピアニストが取り上げている現代ピアノ曲 ♪

たまたま読んだ記事(↓)で知ったのだが、東京オペラシティでは「B→C(ビートゥーシー)」という企画があって、バッハと現代音楽作品を組合せたプログラムによる定期演奏会を行っているそうだ。ほぼ毎月、しかも 1998年から続いているらしい…すごい…😲!

✏️瀬川裕美子、気鋭の知正派ピアニストがバッハとコンテンポラリーを編む企画〈B→C〉を前に意気込みを語る(Mikiki)



2022年3月8日火曜日

選曲:バッハの平均律 BWV868 のプレリュードをやることにした

前回の週報にも書いたが、ジョン・ブルの「ファンタジア」のあと、何となくバッハが弾きたくなり、最初はフーガでもと思って平均律の楽譜を見ていたのだが、結局 BWV868 のプレリュード(↓)をやることにした。



2022年3月7日月曜日

🎹V.リューベック 1654-1740 若きバッハが影響を受けた作曲家の一人

《鍵盤音楽史:バッハ以前》の作曲家 15人目は、ヴィンツェント・リューベック(Vincent Lübeck, 1654-1740)。

ドイツ盛期バロック音楽の作曲家・オルガニスト。86歳と当時としては長寿だった割には現存する作品は少ない。



2022年3月6日日曜日

随想:ウクライナと国際ピアノコンクールなど

ウクライナでのロシア軍の暴挙は目に余るものとなっている。世界的な大惨事を起こしかねない原発攻撃を行い、一般市民の住む住居や学校、病院まで爆破しているようだ。

一刻も早く、この戦火が収まることを祈る。

そんな状況の中で、ヴァン・クライバーンとブゾーニの国際ピアノコンクールが相次いでロシア人ピアニストの参加を認める声明を出した。



2022年3月5日土曜日

▼週報:スケールは B♭/Gm を開始、次の選曲は未定、音楽史は 2人

2022年第9週(2/26-3/4)の週報。

またしても、あっという間に過ぎた 1週間、ニュースを見るたびに早くウクライナの戦争が終わってほしいと願った 1週間…。

3月に入って、スケールの練習は変ロ長調とト短調を始めた。J.ブルの「ファンタジア」は終わりにしたので、次の曲を探しているがなかなか見つからない。

鍵盤音楽史は 2人進んだが、「対位法」は初めての「進捗なし」…(^^;)。



2022年3月4日金曜日

🎹J.パッヘルベル 1653-1706 カノンだけじゃない…?

《鍵盤音楽史:バッハ以前》の作曲家 14人目は、ヨハン・パッヘルベル(Johann Pachelbel, 1653-1706)。

ブクステフーデ(1637-1707)と並び、J.S.バッハ以前のドイツを代表するバロック中期の重要な作曲家の一人。南ドイツ・オルガン楽派の最盛期を支えたオルガン奏者で、コラール前奏曲やフーガの発展に大きく貢献した。

「パッヘルベルのカノン」で有名だが、それ以外の曲が思い当たらない…(^^;)。



2022年3月3日木曜日

値上げラッシュはピアノにも…

今年になってからガソリンや食品などの値上げが続いているが、とうとうピアノまで値上げが発表された(↓)。

✏️グランドピアノ及びアップライトピアノ価格改定(河合楽器リリース 3/1)

"Shigeru KAWAI" と電子ピアノの価格は据え置かれるようだが…。



2022年3月2日水曜日

プーチンのウクライナ侵略でチャイコフスキーコンクールはどうなるのか?

プーチンのウクライナ侵略以来、音楽関係のニュースもとても暗くて重い。本当にとんでもないことを始めてくれたものだ。21世紀の現代では考えられない蛮行だ。

今すぐにでも停戦し、軍の撤退を始めて欲しいと願う…。

この流れでいくと来年 2023年のチャイコフスキーコンクールはどうなるのだろう…?



2022年3月1日火曜日

🎹D.ブクステフーデ 1637-1707 若きバッハが400kmを歩いて会いに行った巨匠

《鍵盤音楽史:バッハ以前》の作曲家 13人目は、ディートリヒ・ブクステフーデ(Dieterich Buxtehude, 1637-1707)。

北ドイツ・オルガン楽派の最大の巨匠であり、バッハ以前のドイツを代表する音楽家の一人。若きバッハは晩年のブクステフーデに会いに行っており、大きな影響を受けた。