2026年8月21日金曜日

🎹M.クレメンティ 1752 -1832 鍵盤作品の概要と主要作品?

ムツィオ・クレメンティ(Muzio Clementi、伊、1752 - 1832)は、イタリアのローマに生まれ、古典派時代(1750-1820年頃)に主にイギリス ロンドンで、作曲家・ピアニスト・教育者・楽譜出版・ピアノ製作と多岐にわたって活動し、大成功をおさめた音楽家。

1832年3月10日(80歳)イギリスのイヴシャムで没し、ウェストミンスター寺院に埋葬された。墓石には「THE FATHER OF THE PIANOFORTE」と刻まれた。

ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンや、後世の音楽家にも大きな影響を与えたが、現在では主にピアノ教材「ソナチネ」の作曲者として知られている。一番の貢献は、ピアノという楽器の発展と普及に貢献し、ピアノ音楽の可能性を大きく飛躍させたことだろう ♪




最初に簡単な年表を…。

  • 1764(12歳)オラトリオを作曲・初演(唯一の声楽曲)
  • 1766(14歳)地区教会サン・ロレンツォの常任オルガニストに
  • 1766〜 7年契約でイギリス貴族ベックフォードに引き取られイギリスの田舎ドーセットへ →音楽教育の機会は与えられず、厳格な自己管理を行い独学:当時未出版の『平均律クラヴィーア曲集』の「ロンドン自筆譜」があり研究した
  • 1779(27歳)王立劇場の指揮者の職を得る →春に出版した Op.2 のピアノソナタ(6曲)が反響を呼び名声が確立
  • 1781(29歳)12月24日ウィーンにて神聖ローマ皇帝ヨーゼフ2世の前で、当時 25歳のモーツァルトと競演
  • 1782(30歳)〜 ロンドンでピアニスト・教師・作曲家として名を挙げる →そこで得た利益を事業(ピアノ製作、楽譜出版)に投資し後の成功につながる
  • 1798(46歳)〜1830年頃までピアノ製作会社(ロングマン&クレメンティ:後のコラード&コラード)を仲間と共同で設立運営
  • 1802(50歳)〜1810年の8年間は弟子を連れてピアノの販路拡張のためヨーロッパ遍歴 →途中(1807)ウィーンのベートーヴェン(36歳)を訪れ、主要作品のイギリスにおける出版権を取得(ベートーヴェン作品の普及に貢献)
  • 1810(58歳)〜ロンドンに定住:多くの有名なピアニストを育てる(ジョン・フィールド、ヨハン・クラーマー、イグナーツ・モシェレスなど)
  • 1813(61歳)ロンドン在住の音楽家30名がフィルハーモニック協会を設立 →クレメンティは 1816年まで常任指揮者
  • 1814(62歳)スウェーデン王立音楽アカデミーの会員に選出される
  • 1817(65歳)『グラドゥス・アド・パルナッスム』第1巻、1819年に第2巻、1826年に第3巻を出版
  • 1821(69歳)「カプリッチョ Op.47」「月の光による変奏曲 Op.48」「12のモンフェリーナ Op.49」などを作曲
  • 1832年3月10日(80歳)死亡、ウェストミンスター寺院に埋葬→墓石には「THE FATHER OF THE PIANOFORTE」(ピアノフォルテの父)と刻まれた

出典は下記。二つ目の記事は『クレメンティ—生涯と音楽』という本の読書メモであるが、これだけでクレメンティの生涯の概要をつかめるほどよくまとまっている。




なお現在、イタリアの国家事業としても指定された新しい「全集」"The Muzio Clementi Complete Edition"(Edizione Nazionale delle Opere di Muzio Clementi)15巻が、Ut Orpheus Edizioni 社(ボローニャ)から順次出版されているようだ。

✏️CLEMENTI COMPLETE EDITION(Centro Studi Opera Omnia Luigi Boccherini)


当時のヨーロッパではモーツァルトよりも有名な音楽家だったとも言われ、ベートーヴェンとはお互いの影響を認め合い、ピアノという楽器の進化を切望する同志でもあった。…というクレメンティであるが、今ではほとんど「ソナチネ」の作者としてピアノ教師と学習者に知られるのみ…となっている。

上述の『クレメンティ—生涯と音楽』という本には、音楽家として一流ではあったが、「超一流」(モーツァルトやベートーヴェンのように)ではなかった…といったことも書いてあるようだが、まぁ、そうなのかも知れない。

そうであったとしても、当時のピアノという楽器や奏法、およびピアノ音楽自体の発展期において大きな貢献をしたことは間違いない。音楽史(少なくとも鍵盤音楽史)の中で、もう少しクレメンティの名前が取り上げられてもいいような気もする。


ちなみに、下記はピアノ学習者向けのソナチネに関する記事だが、クレメンティの紹介も簡単ではあるが分かりやすくまとまっていると思う。


この中に「クレメンティの功績」として、「①ピアノ教育:練習曲集の作曲」「②ピアノ製造・販売」「③楽譜出版・販売」が挙げられている。

①→ショパン、リスト、ツェルニーらも、門下生のレッスンでクレメンティの練習曲集を使っていた。ショパンは、門下生に必ず『前奏曲と音階練習曲集』Op.43 を弾かせていた。

②→クレメンティのピアノは、当時、最高のピアノのひとつとして評価が高く、ベートーヴェンも愛用していた。


…で、クレメンティのピアノ作品を一通り探索(聴いたり調べたり)した結果をまとめると、こんな感じ(↓)になると思われる。

主要作品(私のお気に入り)としては、太字にした 5曲(+α)のソナタ、3曲のカプリッチョ、「月の光による変奏曲」、「グラドゥス・アド・パルナッスム」の中のいくつかの組曲…ということにしておこうと思う。世の中の定説となっている…訳ではないが…(^^;)。



全体的な感想としては、ベートーヴェンなどの「超一流」と比べると少し見劣りするのかも知れないが、ソナタやカプリッチョの中には少なくとも「一流」と言える作品があると思う。

もう少し演奏機会があってもいいのでは? 100曲あるソナタから名作を発掘するピアニストがいてもいいのでは?…という気がする。

今の時代から見ると、ある意味「典型的な古典派作品」(当時は革新的だったかも知れないが…)が多いような気もするし、教育や普及のための作品に名作が埋もれているような気もする。ベートーヴェンの「熱情」などのように、作品タイトルに表題が付いてないことも、分かりづらさにつながっているかも知れない。

蛇足ながら、芸術の世界では「成功したビジネスマン」より「不遇の天才」が好まれる…みたいなことも、クレメンティにとってはマイナス要因なのかも…(^^;)?


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