2023年6月7日水曜日

🎹S.プロコフィエフ 1891-1953 のピアノ作品、自ら語る作風「5つの路線」

セルゲイ・プロコフィエフ(ウクライナ、1891-1953)は、最も人気のある20世紀の作曲家の一人と言っていいだろう。バレエ音楽『ロメオとジュリエット』、音楽物語『ピーターと狼』などでも有名だが、ピアノ作品でもピアノソナタやピアノ協奏曲は、ピアニストにとって欠かせないレパートリーの一部となっている。




有名人なので、プロフィールなどは Wikipedia などにお任せするとして、一つだけ意外な発見をご紹介しておきたい。


✏️プロコフィエフ(PTNAピアノ曲事典)


通常の表記に従って、名前の後には「露」というように「ロシアの作曲家」という意味の文字を入れたが、生まれた場所からすると、プロコフィエフはウクライナの作曲家と言った方がいいのかも知れない。→※追記@2023/06/09:「ウクライナ」に変更した

プロコフィエフは、帝政ロシア時代に「エカテリノスラフ州ソンツォフカ村」という所で生まれている。この村があるのは現在の「ウクライナ共和国ドネツク州」に当たるそうだ。

プーチンの悪行(ウクライナ侵略)で、一般に知られることになった「ドネツク州」なので、妙な気分ではあるが…。

ちなみに、ドネツク国際空港は「セルゲイ・プロコフィエフ国際空港」と称されていたこともあるようだが、現在はどうなっているのだろう…?


それはさておき、プロコフィエフの主なピアノ作品を概観しておきたい。

彼は 1918年にシベリア鉄道に乗って、日本経由でアメリカに亡命している。その後、パリで活動したのち、モスクワ(ソ連)に戻っている。

以下では便宜的にその居住地をもとにした期間で区切っている。


ロシア期:1891–1918
  • 4つの小品 op.4: 1908
  • ピアノソナタ第1番 ヘ短調 op.1: 1909
  • ピアノ協奏曲第1番 変ニ長調 op.10: 1911-12
  • トッカータ ニ短調 op.11: 1912
  • 10の小品 op.12: 1906-13
  • ピアノソナタ第2番 ニ短調 op.14: 1912
  • ピアノ協奏曲第2番 ト短調 op.16: 1913
  • 束の間の幻影 op.22: 1915-17
  • ピアノソナタ第3番 イ短調『古い手帳から』op.28: 1907→1917改作
  • ピアノソナタ第4番 ハ短調『古い手帳から』op.29: 1908→1917改作

アメリカ期:1918–1922
  • ピアノ協奏曲第3番 ハ長調 op.26: 1917-21

パリ期:1922–1936
  • ピアノソナタ第5番 ハ長調 op.38: 1923
  • ピアノ協奏曲第4番 変ロ長調『左手のための』op.53: 1931
  • ピアノ協奏曲第5番 ト長調 op.55: 1932
  • 子供のための音楽 op.65: 1935

ソヴィエト期:1936–1953
  • 『ロメオとジュリエット』からの10の小品 op.75: 1937
  • ピアノソナタ第6番 イ長調 op.82: 1939-40(戦争ソナタ)
  • ピアノソナタ第7番 変ロ長調 op.83: 1939-42(戦争ソナタ)
  • ピアノソナタ第8番 変ロ長調 op.84: 1939-44(戦争ソナタ)
  • ピアノソナタ第9番 ハ長調 op.103: 1947
  • ピアノソナタ第5番 ハ長調 op.135: 1952-53(Op.38の改訂版)
  • ピアノソナタ第10番 ホ短調 op.137: 1953?(未完、1分10秒)

主な出典:✏️プロコフィエフの楽曲一覧(Wikipedia)


ピアノソナタは以前一通り聴いている(↓)ので、今回はその他のいくつかの曲と 5つのピアノ協奏曲を YouTube で聴いてみた。自分の練習曲になりそうなものはないが…(^^;)。


ピアノソナタではボリス・ベルマンのピアノソナタ全集のプレイリスト(↓)があったので、あとで聴いてみようと思っている。ご参考まで。


元の CD はこれ(↓)。




今回聴いたのは、「28段階難易度」でいつもお世話になっている田所政人先生のコメント(↓)で気になった作品。

✏️プロコフィエフ(あるピアニストの一生)


4つの小品 op.4-4「悪魔的暗示」:プロコフィエフの名を一気に高みに押し上げた作品。新世紀の始まり、音楽のモダニズムにふさわしい音楽として迎えられた。



トッカータ Op.11:プロコの最難曲かもしれない。結構よく弾かれる。難易度28、推薦。

♪ Tiffany Poon plays Prokofiev Toccata in D minor, Op. 11


10の小品 op.12-7 プレリュード:透明感にあふれた佳品。とてもよく弾かれる。

補足:〈ハープ〉という副題をもつ。ハーピストで学友のエレオノーラ・ダームスカヤに献呈されており、彼女が演奏するためにプロコフィエフ自身が書いたハープ版も存在する。



ピアノソナタ第2番:子どもに弾かせることのできるプロコのソナタと言えばこれの4楽章か。(…と言われても私には無理…(^^;)。)



あと、ピアノソナタには「第10番 ホ短調 op.137」(1953?)というのがあって、未完というか冒頭? 1分10秒ほどの楽譜が残されているようだ。ボリス・ベルマンの「ピアノソナタ全集」の最後に入っている。



5つのピアノ協奏曲。よく弾かれる 2番と 3番以外は初めて聴く曲かも…(^^;)?

第4番は「左手のための」協奏曲。ラヴェルの「左手のためのピアノ協奏曲」を委嘱したパウル・ヴィトゲンシュタインというピアニストの委嘱で作られたものだが、難しすぎて?演奏を辞退されたそうだ。


♪ Prokofiev, Piano Concerto No 1, Martha Argerich & Alexandre Rabinovitch COMPLETE




♪ Yuja Wang - Prokofiev - 5 th concerto


一通り聴いて、アルゲリッチの素晴らしさを再確認した…(^^)♪


最後に「作風」について。

プロコフィエフの「作風」を一言で表すのは難しいと思われるが、一つの手がかりとして、本人が 1941年の自伝の中で示した「5つの路線」に言及されることも多いようだ。

下記解説記事の「作風について」のところに長い引用がある。

✏️プロコフィエフ(PTNAピアノ曲事典)

分析的な論文も出ている。

✏️S. プロコフィエフ《ピアノ・ソナタ》におけるポリティクス
 ― 「5 つのライン」のマニフェスト―(PDF, 木本 麻希子)


自らの作風に存在する要素として、プロコフィエフ自身が挙げているのは、「古典的」「革新的」「トッカータ的/モーター的」「叙情的」「スケルツォ的」という 5つである。

この 5つは、それまでの作品を自ら分析して取り出した要素なのだと思われる。実際に具体例として作品のいくつかが列挙されている。


古典的路線は、幼少の頃聴いた母親の弾くベートーヴェンのソナタに端緒をもつもので、古典的な形式(ソナタ、協奏曲)であったり、18世紀の古典の模倣であったりする。

革新的路線は、最初は独自の和声言語の探求であったが、その後、強い感情を表現するための(音楽)言語の探求へと変化した。例えば、旋律のイントネーション、管弦楽法やドラマツルギーにおける新機軸など。

トッカータ的/ モーター的路線は、シューマンの「トッカータ」を聴いたときの大きな印象から来るもの。

叙情的路線は叙情的・内観的路線として現れるもの。他者からの評価ではまったく無関係と見なされた路線であるが、本人はとくに晩年に意識するようになったようだ。

そして、スケルツォ的路線は、他人がプロコフィエフに貼りたがっていた「グロテスク」というレッテルを、自ら一つの「路線」として定義したもの。「冗談、笑い、嘲り」という言葉で置き換えてもよい、と言っている。


個人的な感想。

「トッカータ的」「叙情的」「スケルツォ的」の 3つは作品によって、程度の差はあれ含まれるはずである。重要なのは「古典的」と「革新的」が混在しているところにある。

以前書いた《memo: 現代音楽作曲家をあえて分類してみる?》という記事で言うと、プロコフィエフは「2. 過去の伝統を包含した上で自らの個性を確立」してきたタイプの作曲家と言っていいのではないだろうか。

つまり「これまでの音楽の潮流すべてを音楽の『伝統』として認めた上で、そこに新しいもの、自分ならではのものを構築していく作曲家」である。

とくに「鍵盤音楽史」(ピアノ音楽史)という視点で見ると、プロコフィエフ作品は、それまでのピアノ音楽を集大成した上に独自の「革新性」をプラスしたという画期的な位置を占めていると考えてもいいのではないだろうか。


あと、今回作品を聴いて感じたのは、活き活きとした独特のリズム感や効果的なアクセント、ドライヴ感(推進力)、ドラマ性、新鮮な独特のメロディーなど…。

《鍵盤音楽史:現代》プロジェクトである程度「現代ピアノ曲」を聴いてきた耳にも、プロコフィエフの音楽は十分に新しいものを感じさせてくれる。

これまで、あまり親しんでこなかった作曲家だが、もっと聴いてみようと思う。自分で練習できそうな曲が見当たらないのが、ちょっと残念ではあるが…(^^;)。

ピアノソナタ第9番の第1楽章、せめて「お勉強弾き」でもしてみるか?




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