昨年末に、タイトルに惹かれて読んだエッセイ集『静かに生きて考える』が気に入ったので、同じ著者の最新のエッセイ集(↓)を読んでいる。
その中に、ちょっとだけ音楽にも関連することで、共感した箇所があったので、少しだけ引用&メモしておきたい。
📗日常のフローチャート(森 博嗣 著)
「芸術作品に限らず、いろいろなものにテーマがあるような感覚を大勢の方がお持ちのようである」
「僕は、面白ければ良い、楽しければ良い、新しければ良い、驚かされればそれで良い、その作品に接したときに自分が感じるもの、ただそれだけで良い、と考えている人間である」
音楽についてもこうなる(↓)。
「音楽もまったく同じ。…聴いて、凄いな、と感じられたらそれで良い。どんな『いわく』があろうが、関係ない。格好良ければ、それだけで良い音楽だと評価する。良い悪いに理由はいらない」
「音楽を作った本人が、その曲にどんな思いを込めたのかは、僕には関係がない、ということである。もちろん、そういう感じ方をしない人もいらっしゃるだろう。その感性を否定しているわけではなく、僕の場合はこうですよ、という話」
「その(そうでない人の)感性」を否定しないことを含めて、まったく同感。
著者は「テーマ」そのものを否定してはいない。
「テーマなんてどうでも良い、といっているのではない。そういったものがないと、ものが作れない人もいるし、受け取る側も、ただ美味しいだけでは満足できず、料理人の思いや、何を目指したのか、といった、いわば物語性みたいなものを知りたい。と思うかもしれない。そういう人もいる。でも、みんながそうなのではない」
著者は小説家でもあるのだが、小説を書くときもテーマを決めないそうだ。
「そんなわけだから、僕はなにかを作り出すときに、なんらかのテーマを決めたことは一度もない。…僕にテーマはないのだ。人生にテーマはない。…」
「テーマというものがもし存在するとしたら、それは読者それぞれが、その作品を読んだときに感じたイメージであり、つまり、それぞれで異なっているはずだ」
受け取る側に委ねる「ゆるさ」「開かれた感じ」みたいなものがいい ♪
ちなみに、この章の後半には、「テーマ」や「物語性」を必要としているのは「作品を売る人」である…ということも書かれている。
文化をダメにしている大きなものの一つが「売りたい人々」が作り上げた「ビジネス」や「広告」や「ネット」のシステムなのだろうと、改めて思うが、そういうものとは距離を置きたいと、最近では考え始めている…(^^;)。


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