2025年4月13日日曜日

藤田真央くんの音楽の旅に連れて行ってくれる『指先から旅をする』 ♪

藤田真央くんの『指先から旅をする』 という本(文藝春秋社 2023/12/6)を読んだ。予想以上に面白く興味深い内容だったので、一気に読んでしまった。

とくに 2023年のヴェルビエ音楽祭の様子をライヴ配信のように語る最終章「奇跡のような夏」は、まるで自分もその場にいるような臨場感さえ感じられて愉快だった…(^^)♪




本当にすごい指揮者やオーケストラなどとのやりとりやそこから真央くんが学んだこと、そして彼が演奏に当たってどんなことを考えているのかなど、興味深い話のオンパレードなのだが、それを紹介する筆力は私にはないので、メモしておきたいと思ったことだけを書いてみようと思う。


シューベルトの「3つのピアノ曲」D946 について語る中でこんなこと(↓)を言っている。彼の音楽家としての基本姿勢を表していると思う。

短い一曲一曲を細かく分析すると、作曲家の明確な意図を感じられるんです。だからこそ、シューベルトの思い描いたものを、十全なかたちで、この世にあらしめたいではないですか。それこそが、後世のピアノ弾きたるわたしの、果たせる役割なのではないか…

そのあとに紹介されている指揮者、大野和士さんの言葉も同じ方向性なのだろう。「響きを探す」という表現は好きだ ♪

解釈という言葉はあまり適切ではない。わたしたちは作曲家がどういう音を求めたか、どういう響きを想像して書いたかを探しているんです


レッスンに関する話では、キリル・ゲルシュタインがグールドの言葉を引いて語った言葉が素晴らしいと思う。

師が弟子に教えを授け過ぎてしまえば、模倣するばかりで、弟子は師を超えられるわけもない。師がするべきは、弟子の引き出しを開け放ち、彼らが持っているアイディアを自在に使えるように導くことのみだ


野島稔先生のレッスンについての話。

…『響きを合わせる』ということを繰り返し説いていらっしゃった。右手と左手、それぞれの奏でる音の響きを、飛び散らさぬようひとところに集めるのが何より大切だと教わりました。バスとメロディを響きの中で調和させ、そこに内声をバランスよく配していくんです

真央くんの語る「野島イズム」。

音楽の本質を捉え、実践する、その固い決意のようなものです。…きちんと練習を重ねてすべての音を意味あるものとして弾く、作品や作曲家には最大限の敬意を払うといったこと…

そのあとに書いてある真央くんの気持ち(↓)はよく分かる。残念な状況ではあるが、彼には自分の信じる道を突き進んで欲しいと願っている。

…昨今、そうした想いが尊重されづらくなっているような気もします。SNSなどで演奏そのもの以外の情報が増えたせいか、クラシックの世界でも、目立つものが喜ばれる傾向が強まっていると感じられることがあります


この本のところどころに真央くんのユーモアというか、独特の表現が出てくるのも楽しめる ♪ インタビューの中で出た「つぶ餡とこし餡」には思わず笑った…(^^)。

人によって解釈や意見、好みが分かれるのは当然のことですから、わたしの演奏が受け入れてもらえるかどうかも、わたしにはまあなんとも言えません。だって、つぶ餡とこし餡でも好みは二分されるのだし…


恩田陸さんとの対談もなかなか楽しめるものだった。ひと世代くらいの年齢差があるはずだが、対等の大人同士の対談になっている ♪

恩田さんの言葉の中にちょっと気になったものがあった。それは、真央くんの演奏についての「﨟󠄀(ろう)たけた」という言葉。

恩田さん自身の説明では「酸いも甘いも知り尽くして、成熟した先にある音楽とでも言いましょうか…」となっているが、私がこの言葉で感じたのは「若くして小さくまとまってしまう危険」みたいなこと。

生の演奏を聴いていないので、限られた音源(medici.tv や YouTube)での範囲の感想になるが、真央くんの演奏は上手いのだが、どこか物足りなさを感じることもあり、この言葉でそのことを思い出したのだ。

モーツァルトのソナタで感激して以来、さらに高まった期待感のせいもあるとは思うが、彼にはもっと大きく成長して欲しいと思っている。


まぁ、同じ対談の中でこんなことも言っているので、大丈夫だとは思うが…。

クラシック音楽の世界でも、縮小再生産的な演奏ってあるんですよ。自分の得意な弾き方でこなしちゃったり、誰かの真似をしてみたり。でも私もなるべく毎回、どんな小さなことでもいいから新しい解釈の可能性を探したい…

期待してます…(^^)♪


第1部「世界を語る」(語り下ろし)だけで長くなったので、第2部「世界を綴る」については割愛したい。…というか、本を読んで戴いた方が早いと思うので…(^^;)。

ちなみに、第2部はエッセイになっていて、その一部?と続きは『WEB別冊 文藝春秋』に連載されている。最新のものは、矢代秋雄「24のプレリュード」の話。



ただ、ヴェルビエのガラ・コンサートで、ラフマニノフの前奏曲 Op.23 の全 10曲を、カントロフ、キーシン、藤田真央、プレトニョフ、ブロンフマン、ゲルシュタイン、マロフェーエフ、リュカ・ドゥバルグ、トリフォノフ、ユジャ・ワン…という錚々たるピアニストたちが弾いた話のところに、そのときの写真が載っていて、これは見ものだと思う ♪

ちなみに、この本のもう一つの楽しみは豊富な美しい写真だと思う。表紙のラ・ロック=ダンテロン音楽祭での森を背景にした写真もいい。このときは、この場所でのコンサートはなかったので、撮影のためにわざわざピアノを運んできたようだ。


おまけ。この本を読みながら、聴いてみたいと思ったピアニスト・演奏。

ジャズ・ピアニストのブラッド・メルドー(Brad Mehldau、米、1970年8月23日 - )。キリル・ゲルシュタインによると「世界最高のジャズピアニスト」ということ。

ディヌ・リパッティの 1950年「ブザンソン・ラスト・リサイタル」。

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