アンデルシェフスキのマスタークラスの様子とインタビューの記事があって、なかなか興味深く面白かった。書いているのは船越清佳という人(ピアニスト・音楽ライター)。
このマスタークラスは昨年 12月 8、9日、スイス・ローザンヌ高等音楽院にて開催されたもの。その様子の一部が記事から垣間見える。
「ピアノ特有の打楽器性から解き放たれることはピアニストにとって大きな課題だが、レッスンの過程で10人それぞれの受講生の演奏がふくよかさを増していく様子には感嘆させられた」
「アンデルシェフスキは二次元の景色を三次元に立ち上げ、直線をつややかな楕円に変容させ、歌を引き出していく。またふんだんに聴かせてくれる演奏の、なんと情感に溢れ、生き生きとのびやかなこと」
「全員のレッスンでほぼ共通して行なわれたのは、受講生に旋律だけを弾かせ、アンデルシェフスキが伴奏部を一緒に弾く(またはその逆の)アプローチ。…受講生の響きのバランスや静寂の聴きかた、引き締まって柔軟な拍子の感じかたに瞬時に影響を与えたのは見事だった」
受講者の一人、清水陽介さんの言葉。
「『息長く大きなフレーズ』という説明にとどまらず、フレーズを内側から造形する曲線(流れや方向性)を明らかにし、複数のジェスチャーのまとまりとして感じるように導いてくださった」
「楽曲の形式が目に見えて流れ始めるように感じられ、音色に対するイメージが一変しました。さまざまな声域と楽器が次々と現れるオペラを、もっと意識しなければと思いました」(別々の声部を分担して一緒に弾く場面での感想)
以下はインタビューからの抜粋など。
「演奏における私のメチエ(特別な手腕を要する職業・芸術的な表現技法)は建築に通じる部分があります。作品の構築や音色の造型は、私にとって根本であり基盤です」
若いピアニストに不足している要素として二つ挙げている。
「一つは音楽における『語り』や『会話』です。…人は話すとき、フレーズには句読点や疑問符があり、感情によってフレーズの山場となる箇所がありますね。これを若いピアニストの方々は抽象的にしか受け止めていないのです」
「もう一つは左右の手の独立。…旋律を奏でる右手がルバートで少し遅くなったとしても(後に縦の線が揃い、両手は一緒になりますが)、左手がつられて一緒に遅くなってはならないといったことです」
「…独立の問題は片手の内にもあります。…音楽の内側に歌を見出し、声部を明瞭に弾き分けなければなりません」
「前回のショパン・コンクールを少しだけ(聴きました)。オンラインで、それも一部のみでしたが、残念ながらその中に私を感動させた人はほとんどいなかったと言わざるを得ません」
この感想は同感…(^^;)。
「『練習』と『イマジネーション』は、決して一方通行ではありません。練習がイマジネーションを創るのか、イマジネーションを得たから練習するのか……探索の過程においてどちらが先かはわからないけれど、音楽が私たちを解決策へと導いてくれるのです」
練習とイマジネーションを関係づけて考えたことはなかった。練習する(弾く)前にその音楽に対するイマジネーションを持つべき…という話はよく聞くが、相互に(両方向に)関係していることだったんだ…(^^;)。
「実は今、本を書いているのです。音楽と、音楽家という仕事について。執筆言語はフランス語、コンサートの記録やそれにまつわる思索など、私の真の姿が投影された内容です。…『今の私』を知りたいと思われるなら、ぜひ読んでいただきたいですね」
この本はぜひ読みたい。…が、本が完成してそのあと日本語訳が出るのはいつになるのだろう?
「私は人生において、次世代に何かを伝えるべき時期に差し掛かったと感じています。今まではマスタークラスという形のみの教授活動でしたが、今後は生徒と時間をかけて向き合い、継続的な育成にも力を入れていきたいと思っています」
次世代の育成も重要なことだとは思うが、57歳という年齢を考えると、もっともっとアンデルシェフスキ自身の演奏の進化・深化、そして新しい解釈、さらには現代の作曲家の素晴らしい作品の発見・演奏を目撃したい…という思いもある ♪
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