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2015年5月6日水曜日

LFJ2015:ゴルトベルク変奏曲の楽しみ方(講演会)

LFJ(ラ・フォル・ジュルネ)初日の講演会「“ゴルトベルク”に灯る、バッハの情熱の火」(講師:澤谷夏樹)を聞いた。なかなか面白く、参考になった。



澤谷夏樹は、東京生まれの音楽評論家。慶應義塾大学大学院文学研究科哲学専攻修士課程修了。2003年から音楽評論を開始。2007年度「柴田南雄音楽評論賞」奨励賞、2011年度同賞本賞を受賞。共著に「バッハおもしろ雑学事典」「バッハ大解剖!」など。

✏️現代古楽の基礎知識(澤谷夏樹のブログ)


ゴルトベルクへのバッハのPassion

前半は、バッハがなぜ「ゴルトベルク変奏曲」を作ったか、その経緯や出版にかけたバッハの「情熱」が解き明かされる。エピソード的な話も盛りだくさんで面白かったので、そのいくつかも紹介する。


冒頭の写真は、最初に出版された「ゴルトベルク」の表紙だが、どこにも "Goldberg" の文字が見当たらない。代わりにあるのは "Clavier Ubung" という文字。これは「クラヴィア練習曲集」という意味。

実は、この当時の「練習曲集」はハノンやチェルニーのような意味での練習曲集ではない。「様々な鍵盤楽器の多様な様式の曲」をまとめるのに便利な名前として使われたのが「練習曲集(Ubung)」という名前だったそうだ。


「ゴルトベルク」はバッハの4番目の練習曲集として出版された。だから、まとまった一つの作品とは思われていなかったし、全体の統一よりも多様さが求められた。腕の見せどころは、それぞれの変奏が「いかに似てないか」(ヴァリエーションに富んでいるか)という点にあった。

ちなみに、この練習曲集のお値段は、現在の価値に換算すると約12万円もするそうだ。公開演奏会を行ったとすると、その入場料は4万円くらい。当時は、金持ちでないと音楽愛好家にはなれなかったようだ。


「ゴルトベルク」という名前の由来は有名な逸話(初出:1802年、フォルケルの本)による。カイザーリンク伯爵の不眠症対策のために、楽師ゴルトベルクが毎晩演奏する曲を、バッハが依頼されて作曲した。…ということになっているが、この説はどうも怪しいらしい(ということも通説になっている)。

澤谷氏の説は、フォルケルの本の話自体が「小咄(こばなし)」ではないか、ということ。そのオチが、バッハに褒美として贈られたことになっている「金杯に金貨の山を盛ったもの」、つまり "Gold Berg"(金貨の山)…。 


さて、やっと「バッハがなぜ『ゴルトベルク』を作ったか?」という話になる。

結論から言うと…。実は、「ゴルトベルク」が出版される数年前に、作曲家・評論家であったシャイベという人(若僧)が、痛烈なバッハ批判をしている。「ゴルトベルク」は、それに対するバッハの「音楽作品による反論」ではないか、というのが澤谷説である。

シャイベの批判は、①学問に精通していない(バッハの学歴コンプレックスをついている)、②感動や表現力に乏しい、③時代遅れ、という3つの点にあった。これらに対し、バッハは「ゴルトベルク」という音楽作品で反論・反証しているというのである。


例えば、様々な形式のカノンを駆使することで知識のあることを示したり、当時流行っていた(テレマンもシャイベ自身も使っている)「ロンバルディア・リズム」をアリア冒頭の2小節目に使って当世風をアピールしたりしている。

「ロンバルディア・リズム」というのは「短長短長(タターン・タターン)」というリズムで、下記楽譜の2小節目、3度で下っていく箇所に前打音(クレ)をつけてそのリズムを作り出している。



また、最後の第30変奏は「クオドリベット」(quod libet:ラテン語で「好きなように」の意味:複数人がそれぞれちがう歌を同時に歌う遊び)であるが、バッハは当時の流行歌二つと主題を重ね合わせている。使われた民謡は、「長いこと御無沙汰だ、さあおいで、おいで」と「キャベツとカブが俺を追い出した、母さんが肉を料理すれば出て行かずにすんだのに」。

前者は次にアリアが戻ってくることを示している。後者の歌が、シャイベに対する皮肉?かなにからしいが、説明を聞いてもよく分からなかった。


ゴルトベルクの聴き方・聴きどころ

長い「ゴルトベルク変奏曲」であるが、次の3つのポイントを押さえておけばより楽しめる、という話。
  1. アリアをどう捉えるか
  2. 第13〜15変奏の流れと後半の始まりである第16変奏をどうつなげるか
  3. 第25〜29変奏の技巧性・性格の盛り上げ方と第30変奏の解釈の仕方

1. については、ゆったりしたサラバンドと捉えるか、軽やかな小唄と捉えるか、の2通りがある。それに応じて弾き方も変わってくる。

サラバンドだとすると、3拍子の2拍目が少し引きずるように伸びる舞曲のリズム(バロック・ダンスで、膝を曲げて伸ばすところ)になる。小唄と解釈すれば、いかに歌うかということが主眼になる。

2. については「対比」がキーワード。全体で3曲しかない短調の曲の一つが第15変奏。後半の始まりを快活に告げる第16変奏とどう対比させるか、どうつなぐかが演奏者の腕の見せどころとなる。

3. は演奏者によって、解釈・演奏の仕方がかなり違うらしい。その違いを楽しむのが面白い。(…とのことだが、なにせ長い曲なので聴き比べるのは大変だ…)

例えば、シュタイアーは第29変奏までのヴィヴィッドな音色に対して、第30変奏では落ち着いた演奏を聴かせる。グールドは第25〜28変奏を速いスピードで駆け抜け、第29変奏のフォルテを経て、元気いっぱいの第30変奏へとつなぐ。コロリオフは…、と話は続くのだが、実際に聴いてみないと、なんとも、よく分からない。


とりあえず、YouTubeの音源をいくつかリンクしておく。全部聴いたわけではないが、どれもなかなかいい演奏である。

※追記@2022/12/15:なんと!すべて削除または「再生できません」になっている。まぁ、聴きたい方は YouTube で検索してください…(^^;)。


♪ Bach: The Goldberg variations, BWV 988 | Andreas Staier

♪ Johann Sebastian Bach - Goldberg Variations | Glenn Gould

♪ Bach - Goldberg Variations, BWV 988 (Evgeni Koroliov)

♪ Bach, Variaciones Goldberg BWV 988. András Schiff, piano



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