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2016年12月15日木曜日

MUSICAL AMERICA「作曲家オブ・ザ・イヤー」Andrew Norman の受賞スピーチがいい ♪

たまたま読んだ、アンドリュー・ノーマンという作曲家のスピーチの内容がとても良かったのでご紹介しておきたい。

"MUSICAL AMERICA" というサイト(元クラシック音楽雑誌)の "COMPOSER OF THE YEAR" に選ばれて行った受賞スピーチである。12月8日にカーネギーホールの Weill Terrace Room で行われたらしい。

その全文が次の記事(↓)に載っている(英文)。





ちなみに、この "MUSICAL AMERICA AWARDS" は、そのなかの「大賞」のようなものを、ユジャ・ワンが受賞している(↓)。



このアンドリュー・ノーマン(Andrew Norman)というのは、Google 検索で調べるとこういう(↓)人。まだ37歳の若さだ。

生年月日: 1979年10月31日 (37歳)
生まれ: アメリカ合衆国 ミシガン州 グランドラピッズ
アルバム: The Law of Mosaics、 Play
レーベル: BMOP/sound、 Crier Records
受賞歴: グッゲンハイム奨励金 美術部門 アメリカ&カナダ

YouTube で "Play: Level 1" という曲(↓)を見つけて聴いてみた。いわゆる「現代音楽」の嫌味はないが、第一印象としては、それほど惹かれるというほどでもない。



で、そのスピーチであるが、印象に残った箇所を取り出して(意訳・勝手訳)してみる。


まず、出だしから「私はこの賞を受けるに値しないと感じています」と、アメリカ人にしては謙虚で、とても好青年のような感じを醸し出している。

「一番良かったのはチャンスに恵まれたこと」、それも「繰り返し、公開の場で失敗するチャンス」を与えられたこと。

そのことへの感謝を表明すると同時に、そういうチャンスさえ与えられていない同時代の作曲家たちへの思いやりも見せ、さらに「(クラシック音楽界という)コミュニティがそういう状況に対して何かできないだろうか」という問いかけ(問題提起)をしている。


このあとが、私の一番気に入ったところなのだが、「古典芸能」化している現代のクラシック音楽界に対して、言い方はやさしいが、間違いなく一石を投じていると思う。


「我々(聴衆:クラシック音楽関係者)は伝統の継承者・解釈者というだけではなく、その伝統の新たな定義者であり、次の世代に引き継いで行く責任を持っている。」

「その(新しい)芸術はより広範な、より多くのものを含む、そしてこれまでの音楽以上に社会との関わりの深いものになるはずだ。」


そして、とくにオーケストラ関係者に対して次のように続けている。

「次のプログラムを19世紀の交響曲とか協奏曲で組むとき、考えて欲しいことがある。… 19世紀の古典作品は良い作品であり、慣れ親しんでいるし、聴衆も礼儀正しく座って聴いてくれるだろう… (でも)そうすることで何を失っているかを考えて欲しい。」

「何か意味のあること、重要なこと、発想を刺激すること、必要なこと、そして我々の今の時代に固有の事柄について表明・表現するチャンスを逃してはいないか?」


現代の音楽は、従来の西洋音楽の「白人・男性・ヨーロッパ」を中心とした均質なものではなく、いま我々が生きている「多様な、多面性を持った世界」をより反映したものになるべきだろう。


「過去の音楽は間違いなく革新的で力強く驚くべきものである。それは西洋文明の偉大なレガシーであり、今後の世代にも聴かれ、引き継がれて行くべきもの。」

「だけど、ときどき私は思うのだ。我々は、歴史的な過去を保存するために、この芸術の未来を犠牲にしてはいないだろうか?…と。」

「私は、クラシック音楽の最も素晴らしい傑作はまだ書かれてないと信じている。毎日のようにモーツァルトやベートーヴェンが生まれていると信じている。」

「それを見つけ、育て、彼らに十分なチャンス(成功する、そして失敗する…)を与えるのが、我々コミュニティの最も重要な責任ではないだろうか?」


ある意味で当たり前のことを淡々と述べているようにも見える。

だけど一方で、このスピーチが「一石を投じている」と感じ、「よくぞ言ってくれた!」という一種清々しい感銘を受けるほどに、米国だけでなく今のクラシック音楽界が「過去の遺産」に頼りすぎているのではないかと思うのだ…。



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